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Jan 3rd
Jan 3rd

 

こういう休日を過ごしたかった。
今日はそんな日だった。

 

すこしだけ早起きをして思いついたことをPCに書き留める。
窓から雲を眺める。写真を撮る。
ゆっくりと朝食を摂り、コーヒーを飲む。
それから映画館へ行く。一人で。
その余韻を楽しみながら昼食をする。

 

夕方から仲間と新年会をするために、ご飯を炊きちらし寿司を作る。
出来上がったら寿司桶ごと風呂敷に包み友人宅に行く。
少しづつ仲間が集まりはじめる。それを笑顔で迎える。
「あけましておめでとう・・・」
美味しいお酒と蝋燭の灯りと共に、こころおきなく会話を楽しむ。

 

こういう休日を過ごしたかった。
今日はそんな日だった。

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画像上:早朝こんな空を見た。

画像下:映画館の窓からの眺め。今日はこんな映画を見た。

2011年01月04日 [ 3913hit ]
初詣と墓参、そして読本?
初詣と墓参、そして読本?

 

毎年二日は初詣と墓参。
どちらも歩いて行けるところにある神社とお寺であるので、朝食後に散歩がてらふらっと出掛ける。
まずは浅間神社。
木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)つまり富士山が御神体である神社である。
作法に則り参詣したら、おみくじを引く。
大吉であった。
早速、気になるキーワード、事業、旅行、方位・・・を確認する。なるほど・・・。

 

つぎに、だるまを買う。
神棚の大きさにあわせて小ぶりの11号にしている。
じつはこの大きさなのには、もうひとつ理由がある。奇数を選んでいる。
縁起担ぎで、割れない数字というわけ。

 

これらをすませば、お墓のある臨済寺へ墓参りとなる。
浅間神社から徒歩で20分ほど。
葵御紋の名刹であるこの寺も今日はいつになく静か。
雲ひとつない青空の中を旋回するトンビ。
背後には常緑の森、線香の香り、そして手を合わせる。
これで午前中は終了。

 

午後からは自転車で引き続き初詣のはしご。
まずはアンコメのある安東地区の氏神さまである熊野神社へ参詣。
午後ともなると人気はなく、ただ一人、手を合わせる。
じつはこの神社の境内には祖父が植えた2本の欅がある。
植えられてからすでに半世紀、立派な大樹に生長している。
その欅に少しだけ意識を入れながら境内を出た。

 

自転車で20分ほど、次に行ったのは護国神社。
鬱蒼とした森を抜け広々とした境内が現れる景観が好きでたまに訪ねている。
子供の頃はよくドングリ拾いをしたことを思い出す。
しかし初詣は意外にも初めてのことだった。
初詣の人出も多く、いつも見知ってる感じと少し違って見える。お正月だな。

 

3時を過ぎ、座り心地いい椅子のある行きつけの煎茶喫茶へ。
読み始めたばかりの大作を、お茶とおしるこをいただきながら2時間楽しむつもり。

だったのだが、本や歌舞伎・・・について女将と話しの花が咲きあっという間の2時間。でも楽しかったな。

これが二日のことでありました。おわり。
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画像上:熊野神社境内にて。ご神木。

画像下:臨済寺にて。

2011年01月02日 [ 3809hit ]
あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます。

 

2011年ですね。
1時間ほど経過した時間に書いています。

 

今年はどんな年になるでしょうか?
昨年同様に年末には「いい年だった」と云えるようにしたいですね。

 

そのためにあらゆる面で新たな挑戦や冒険をするのだと思っています。
そのひとつが年明け早々にやってきます。
それが新人スタッフの開拓です。
新卒の高校生を採用すべく準備をはじめています。

 

僕にとってはじめての経験だから期待半分不安半分。
しかし必ず今年の暮れにはこう云いたい。
「いい決断だったな」ってね。

そんなわけで、2011年もどうぞよろしくお願いします!
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James Taylor - Blossom
 

2011年01月01日 [ 3578hit ]
備忘録2010 好きな景色について。
備忘録2010 好きな景色について。

 

12月30日が終わるとすっかり気が抜ける。
今晩はもう書くのをやめてさっさと寝てしまおうと思ったが、
お気に入りの一枚が目に入ってきたので、それをアップするために書き始めたというわけ。
小さなグラス一杯の日本酒をいただきながら。

 

このサイトを見ている人にとっては何度も出てくるからご存知だろう。
おなじみ藤枝の田圃の定点観測地の背景に時々現れる赤い建物である。
この建物の赤と空の青、雲の白そして変化し続ける田圃の色合いが好きでよく写真の収める。
その中でも8月11日の撮ったこれはお気に入りの一枚である。

 

少し酔っているせいもあるのかな。
この一枚を見ていたら旅に出たくなった。それも遠くへ。
今年は色んなことがありすぎて、旅らしい旅はついにできなかった。
来年こそは旅に出たいと思う。
どこがいいかな?
今夜はそんなことを夢想しながら眠るとしよう。
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Carole King - So Far Away

2010年12月30日 [ 3545hit ]
備忘録2010。12月30日の朝について。
備忘録2010。12月30日の朝について。

 

毎年12月30日は僕にとって特別な一日だ。
お餅のご注文が最も多い日。ただそれだけのことなのだけど、いつもとは風景が違って見える。
それがとても好きなのだ。
その感覚も持つようになったのは、たぶん小学校の高学年の頃、
店の手伝いをし始めた頃だったと思う。
かれこれ35年も前のことだ。

 

その頃から必ず毎年一番最初にお餅をお届けするお宅があった。
のし餅と一対の鏡餅の入ったばんじゅうを両手に持ち、
路地を右に入り左手にある小さな木戸をくぐる時、こう思うんだ。
「あッ今年もこの時が来た・・・」
それが僕にとって特別な日、30日の朝なんだ。
そうやって毎年30日はやって来ていた。

 

昨年、残念なことにその木戸はなくなってしまった。
そしてその屋敷の住人も代替わりし、その場の風景は一変した。
少し淋しく思い、時代の変化を感じた。
それでも30年以上もあの感覚を味わえたこと、
脳裏に今もあるあの木戸に思いを馳せることをうれしく思う。

 

木戸はなくなったけれども、30日の朝のこの感覚は今も変わることなくある。
そういうことが、いいことだと思っている。
明日は、いよいよ30日である。
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画像:もち搗き工房にて。2010年12月30日は110臼分の餅を搗く予定である。

2010年12月29日 [ 3665hit ]
備忘録2010。美味しいについて。
備忘録2010。美味しいについて。

 

お米は一年一作。
まだ寒い季節に作付けの計画を立て設計図を作る。
その設計図に従って作付けをする。
実際に稲が田圃にあるのは5ヶ月に満たない時間だが、その時間を準備するために、それと同じくらいの時間を掛ける。
つまりほぼ1年間の営みそのものがお米という食べ物なわけだ。

 

その営みがそれを食べる人にとって、美味しいこともあれば、そうでないこともある。
今年のような気象条件は本当に厳しかった。
生産家の中には、「どうすることもできなかった・・・」という人もいた。
それでもその生産家のお米はちゃんと食べられる立派なお米だった。
美味しさは及第点とは云えなかったけれど。

 

美味しいお米が生まれるために稲を育て商うことが僕の仕事である。
だから常に結果を求められる。
しかし不幸にも結果が思わしくないこともある。
そのために様々な工夫をし、できるだけ良い結果を導き出す。
それもまた仕事である。

 

たまにこんなことを思うことがある。
「美味しくなければならない」そんな風潮が少し窮屈に感じる。
せっかく一年掛けて生まれたお米にも関わらず、美味しくないことで価値が下がる。
どこか腑に落ちないがそれが今である。

 

「いつも月夜に米の飯」
昔のニッポン人にとってこの状態は人生における最上級だった。
我々は今その状態の中にある。

 

玄米で食べるお米を知るようになって以来、
味や香り、触感が織り成す風味風合いはじつに多様で、知れば知るほどに美味しいと感じる幅も広がっていく。
広がっていった先には「美味しくない」なんて風景はなくなるかもしれない。
まあそんな風に思うのだ。
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2010年12月29日 [ 3754hit ]
備忘録2010。記憶の地平について。
備忘録2010。記憶の地平について。

 

巨大胚芽米カミアカリは、僕にとっていつの間にかにとっても大きな存在になった。
初めて出会った10年前には想像できないくらいに、この類まれな品種に魅了された。
そしてそのために勉強会を作った。
そこで少しづつ仲間が集まり4年が経過した。
今、その活動は僕が想像していた以上に熱を帯びてきている。

 

今年の夏、その仲間たちに勉強会の方向性について、肝心なことを説明していないと指摘された。
そしてその肝心なことを11月の勉強会で自身で話してみてはどうだろうかと提案された。

 

僕はこれまで、その肝心なことについて僕の個人的な関心ごとだとして
公式に話すことはせず、身近な人や気の許せる間柄の仲間にのみ語っていた。それも断片的に。
しかし勉強会が歩みを進めれば進めるほど、その肝心なことが勉強会の方向性にとって、

とても大切であることが次第に明白になりつつあった。
そこで決心してその肝心なことを話すための準備をすることにした。
それが10月6日から29日にかけて毎日深夜に書いた「記憶の地平118」だった。

 

僕の脳みその中だけにあった関心事。しかもバラバラなイメージでしかなかったことを
記憶を辿りながら書き進めていった。これまで経験したことのない大出力だった。
僕自身、ここが勝負だと感じていたし、不思議に筆が走っていた。
書いている最中に20年来通っている整体師の先生にすぐに見抜かれた。
「どうしたの?今まで見たことのない体の状態だよ。気をつけなさい。」
そんな風にして書いた18節だった。

 

文章は相変わらずだが、言いたいことはしっかり書けた。そう思っている。
来年、地平を目指す旅はどんな風だろうか?
19節目が必要になるのだろうか?
いずれにしてもこんな面白い仕事ができてることを誇らしく思う。
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画像:藤枝松下カミアカリ圃場8月。

2010年12月28日 [ 3837hit ]
備忘録2010。全部ある感覚について。
備忘録2010。全部ある感覚について。

 

今年は何回田んぼ通いをしただろうか?
じつは今日、今年最後の島田藤枝定期便の途中、定点観測地へ行った。
気温は6℃。季節風もあり、かなり寒かった。
日本海からやってくる灰色の雲が上空までやって来ていた。

 

月に最低でも1回は通っているので計12回。
今日みたいに通りがかりも含めるとその倍くらいだろうか。いやもっとかな?
何をどう見るか?なんてテーマもなく、
定点を廻り、風に吹かれ、日に当たり、松下と話し、合間に写真を撮る。
そしてその日に思いついたことをこのサイトに書く。
今年もそんな風にして田んぼ通いをした。
来年もたぶん早々に田んぼへ行くだろう。
その時期にしか感じることのできないモノや感覚が必ずあるから。

 

田んぼに稲のあるなしに関わらず通うのは僕の流儀。いえ癖です。
冬であれば風に吹かれて寒くてしかたない感触を味わい冷え切った体を認識するとか、
光に含まれている冬特有の色の成分を意識したり、
畔に繁茂する植物を虫のつもりで見たり、
上空を行く渡り鳥の旅路を想像してみたりね。

 

僕の場合、学術的な捉え方は二の次で、
とにかく一人のホモサピエンスとして感じるのだ。
原始の人のようにね。
そして認識する。至って単純に。
そうすることで何かしら感じる。そしてあらたな発見もある。

 

10年前、ここに全部ある。
そう信じてこの藤枝の田んぼに関わりはじめた。
それがつい最近のことのように思われる。
10年通ってみて少しだけ胸を張って云えることがある。
本当に全部あった。

 

こういう10年を経験できたことが幸運だったと思う。
そして次の10年もそう云えるようにしたいと思っている。
その始まりである11年目の田んぼ通いは、来週なのかもしれない。
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画像上:ひこばえの白化が始まった。

画像下:冬枯れの季節。あっという間の一年。

2010年12月26日 [ 3856hit ]
備忘録2010。新しい靴と散歩について。
備忘録2010。新しい靴と散歩について。

 

9月にアップしようと思ってそのままにしていた画像。
一日中散歩して海まで行った時に撮ったもの。
写真自体は、どうってことないけれど、色んなことを考えながら歩いた貴重な時間だった。
今思えば、今年のベスト10daysに入る一日だった。
そう云えばこの日に決心したんだった。11月の大出力。
その中身も歩きながら、独り言しながら出てきたものだった。

 

やっぱり歩くのはいい。
来年もたくさん歩こうと思う。
そう云えば、この散歩の時に衝動買いした靴はじつに調子がいい。
だからそいつを履いて新年から歩くこととしよう。
きっとまたいいアイデアが生まれるかもしれない。
散歩しよう。
散歩しよう。
散歩しよう。
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The Band - Tears of Rage
 

2010年12月25日 [ 3478hit ]
繁忙感謝。
繁忙感謝。

 

12月24日。金曜日。
街は賑わっていました。道は人と車でいっぱいでした。
アンコメも朝からたいへん忙しい一日でした。
商人にとってこういう日は最高の喜びです。
一年の最後はこうでなきゃ!

 

画像:安倍川西岸より夕刻の富士を望む。明日はいよいよ冬将軍到来だとか。
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Al Green - Lets Stay Together

2010年12月24日 [ 3683hit ]
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