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探粋華物
探粋華物

 

2016年も無事12月31日を迎えることができました。
この一年ご愛顧いただき、まことにありがとうございました。

来年2017年は、
探粋華物。
華やかな物を粋に探す仕事を目指し、
美味しく楽しいご飯をたっぷりたべ、さらに頑張りたいと思います。

来年もどうぞよろしくお願い致します。
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新年は1月6日より営業致します。

2016年12月31日 [ 380hit ]
餅切り抜刀斎、見参!
餅切り抜刀斎、見参!

 

今年もあっという間にお餅の日。
9月からほぼ休みなく走ってきて、
12月の最終盤、28日からの4日は一年の締めくくり、お餅の販売が最後の大仕事となる。
マラソンでいうと最後のトラック勝負みたいな気分だ。

12月の初旬には精米をしておいた原料米を餅工房へ運び職人に搗いてもらう。
暗いうちから作業が始まり、朝一で仕上がった餅を店に運び入れ、販売準備に取り掛かる。
その中の一部は、店主自ら切餅を作るべく包丁をふるう。
朝から晩まで切って切ってきりまくる。
その姿を見た当店スタッフは私(店主)をこう呼ぶ。

餅切り抜刀斎。

今年もあと数日、
餅切り抜刀斎、見参!

※お餅の販売は30日まで!お早めに!ご注文はコチラへ↓
http://ankome.com/modules/information/index.php?lid=1205&cid=9

2016年12月27日 [ 420hit ]
新米入荷最終盤。
新米入荷最終盤。

 

毎年のことながら超多忙な秋。
ankome通信はウェブ版も手描き版も更新が出来ずイライラする日々。

デスクのある部屋の窓から見える裏庭のヤマボウシ、
葉の色付きが新米入荷も最終盤を今年も知らせている。
昨晩、山形のお米(次年子産はえぬき)が、ようやく入荷した。残りは数種類。

日照不足の影響で各地減収とはいえ、品質食味ともその心配をよそになかなか良い。
むしろ各産地の個性が例年よりもコントラスト強く現れているような気がする。
食べ比べが楽しい28年産になりそうだ。

2016年11月19日 [ 537hit ]
カミアカリ@D&D
カミアカリ@D&D

 

D&Department静岡で9月から始まっている期間限定企画「静岡のおいしいお米」
アンコメがお米のセレクションさせていただいてます。
10月からの後半戦はさらにマニアックなお米が登場です。

巨大胚芽米カミアカリ

通常の3倍余りある大きな胚芽を持つ米で、
1998年、藤枝市の有機米生産者、松下さんによって突然変異を発見し2008年に品種登録した米。
玄米で食べる米(玄米食専用品種)として、
松下さんとアンコメがタッグを組んで20年近く大切に育ててきました。

物語り満載のこのお米を、9月29日から10月12日まで
D&Department静岡diningの人気メニュー「静岡ごはん」で食べられます。
プチプチ食感と独自の風味をぜひ味わってください!

shopでは1kg、キューブ型300gの販売もしています。併せてご利用ください。

2016年10月01日 [ 768hit ]
小諸アグリカルチャーミーティング
小諸アグリカルチャーミーティング

 

9月24日(土)小諸市で行われる、
小諸アグリカルチャーミーティングでお話しすることになりました。
お話のタイトルは、

「田んぼからお茶碗まで」再編中。

藤枝の有機栽培米生産家、松下明弘さんと共にやってきたこの15年について
松下さんと二人で振り返りながら、少し先の未来の話もできればと思っています。

まあ、我々のことですから、
気付いたらぜんぜん違う話になってしまうかも・・・ですが、
この企画のテーマ「新しい農業をはじめよう」にとって、
ほんのひとかけらでも、お役に立てればうれしく思います。

小諸でお会いしましょう。


<イベント詳細>
日時:平成28年9月24日(土) 14時~17時(開場13時30分)
場所:安藤百福センター カンファレンスルーム(小諸市大久保1100番)
内容:基調講演、トークセッション、懇親会

http://www.komoron.com/wp-content/uploads/2016/09/forweb_160912.pdf

2016年09月16日 [ 933hit ]
壁画現る。
壁画現る。

 

 

毎年、新米入荷前のこの時期になると、米の低温倉庫に現れるものがある。

壁画。

かつて娘たちが小学生だった頃、見学に来る度に、同級生らとイタズラして描いたものだ。
目を離した隙に描かれた続けた絵は数年分、天井まで描かれている。
その全貌を見られるのは、在庫がなくなる今の時期だけ。
9月になれば産地から届くお米が天井いっぱいまで積み上がり見えなくなるのだ。

蒸し暑い外気をよそに、14℃の庫内で観賞できるのは、
28年産新米が本格的に入荷する今週来週くらいまで。

2016年08月30日 [ 672hit ]
水田徘徊、新潟
水田徘徊、新潟

 

 

7月13日と14日の2日間、新潟へ行った。
今回はクルマのひとり旅、初日は燕三条、2日目は上越、妙高を訪ねた。

1日目
人気の定番米、新潟しろくまコシヒカリの新潟しろくま会特別栽培米研究会の田んぼを周った。
まずは燕市の相田さんの田んぼから。
株間をたっぷり開けて栽培するのが特徴の相田さんの水田。
10年以上のお付き合いの中ではトップクラスの出来映えだった27年産、
今年の稲の姿もすこぶる良好。田んぼの隅々まで神経が入り、ブレのない美しい姿だった。
28年産も大いに期待できそうだ。

次に訪ねたのは三条市下田(しただ)地区、ご年配の生産者チームの田んぼ。
化学肥料や農薬のない頃の技術の話しを伺う。
昔は牛馬の糞と畦草(雑草)、糠で作った堆肥で栽培したそう、
水抜けの早い川岸の水田、苦労話しの向こうに良質良食味栽培のヒントが見え隠れしていた。
気温23度、今のところ順調に生育中。出穂は8月第一週あたりの予感。

2日目
北陸自動車道を日本海沿いに西へ、上杉の居城、春日山城で有名な上越市を訪ねた。
午前中は中山間地の牧区へ入る。
標高で2~300mだろうか、大月の棚田と地域の人が呼ぶエリアを見て歩く。

水は天水だよりで不安定、
生産性では平場(平野部)には叶わない
収量も頑張っても7俵台(反収)・・・。

生産者はつい中山間地ならではネガティブなことを口にするのだが、
この土地の魅力を信じているからこそ、ここで仕事をしているに違いない。
事実、平場で心配せねばならない高温障害はここではあまり考える必要がないし、
僕からすれば7俵台で仕上げた新潟コシヒカリなど超魅力と感じるほど、
ポジティブに捉えられることもたっぷりあるのだ。

ここに作り手とのちょっとしたギャップがある。
じつはどの産地を訪ねてもそのギャップを少なからずいつも感じる。
そのギャップをできるだけ埋めるために訪ね歩き対話するのだ。
今回も少ない時間ながらじっくり見聞きし、ほんの少しだけだが提案をしてみた。

午後は隣町の妙高市へ移動した。
松下さんの著作「ロジカルな田んぼ」を読んだ読書の方(生産者)と旅に出る直前に縁ができ、訪ねることになった。
仕事気分が抜け、はっぴいえんどの「風街ろまん」をBGMにクルマを走らせた。
7曲目の「夏なんです」がかかる頃、ちょうどその歌詞に出てくるような情景の中へ入りこんだ。
訪ねたYさんのお宅は谷津田の奥まった先にあった。

初対面とは思えぬ感じ。
「ロジカルの田んぼ」に共感してくれた方はいつもそんな感じがする。
自分の著作でもないのに、いつもうれしく感じる瞬間だ。

Yさんは農家の次男坊で後を継いだ。
全部で8町歩、親父さんと共に谷津田を耕している。
思うところあってロジカル本を手にしたそうだ。

田んぼを見て歩き、現状の問題点や今後の構想を聞く。
僕も調子に乗って松下の話をしや見聞きしてきたことをしゃべりまくった。(笑)
ああ~またやってしまった・・・と思いつつも楽しく充実した時間を過ごした。
気付けば夕方5時過ぎ、日があるうちに帰途についた。
お土産にいただいたお父上自慢の十全なすの浅漬けはそろそろ食べ頃。
旅を振り返りながらいただこう。

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画像上:相田さんの田んぼ。尺植えだから稲は扇のように葉を広げる。
画像中:大月の棚田の用水はすべて天水。今年は水には苦労しないで済みそうとのこと。
画像下:Yさんの田んぼへ行く途中の景色。風街ろまんがぴったりだった。

 

2016年07月15日 [ 661hit ]
台付甕型アルミ器
台付甕型アルミ器
 
 約2000年前の弥生時代の登呂(静岡市駿河区)で煮炊きに使われたいた台付甕型土器をアルミ鍋製造メーカー「中尾アルミ製作所」さんらの協力を得て、同社が長年培ってきたアルミ素材と、しぼり技術を用いて作っていただいた。台付甕型アルミ器。文字は「土」が「アルミ」に変わっただけだが、実際はそれだけではなかった。
 
なんでわざわざそんなことを・・・
 
 かくいう自分もちょっぴりそんな思いはあったのだが、この3年余り登呂遺跡で行ってきたアートロにおける台付甕型土器での煮炊き経験がその酔狂とも思えるモノづくりのきっかけとなった。
 
 遺跡から出土している台付甕型土器のほとんどは本体と台を繋ぐ部分から破断していた。この土器を作ってみるとわかるのだが、最初にコップ状の台となる部分を作り、次にその天地をひっくり返した上に本体を作っていく。これが破断するそもそもの理由と考えられる。台として上部を充分に支えることができるくらいに硬化した台部分に、まだ柔らかい粘土を手びねり積んでいく。この時の接合部の硬化時期の差が、使っていくうちに破断してしまう原因と考えられる。土で作るがゆえの問題がここにある。ある時期を境に使われなくなったこの土器が、廃れていった理由のひとつにこれがあると想像している。
 ところがこの土器、どんな場所でも置いたところが即、煮炊き場となるモバイル性能は素晴らしい。季節ごと?時として飯場を移動するような住まい方をするには具合がいいのだ。割れた土器を桜の皮で継いで修理している出土品もあることから、日頃から割れぬよう大切に扱っていたに違いない。それでもこの煮炊き用の土器が構造的理由で破断してしまう宿命は逃れられない。
 これを金属で作ることができたなら台付甕型土器の構造的問題をすべて解決しこの宿命から開放される。台付甕型土器という希有な形状の煮炊き道具が進化してたなら・・・。そんな思いをもとに2000年の時を超えて現代鍋釜技術で作ることになった。進化という言葉がふさわしいかどうかはわかなぬが、実験的に作られた「台付甕型アルミ器」は、まさしく台付甕型土器の進化系にほかならない。
 もし、タイムトリップして2000年前の登呂村にこの台付甕型アルミ器を持って行ったら村人たちはどんな反応するだろうか?煮炊きの歴史が変わってしまうかもしれない?そんな空想と平行して、煮炊き実験を繰り返し、実力を探っていこうと思う。
 
 
制作にご協力いただいた、中尾アルミ製作所の田崎さん、一厨の鈴木さん、ありがとうございました。
煮炊き実験に協力いただいた、ユーカリのくらたの倉田さん、ありがとうございました。
 
関連ページ
米屋のいい訳「1500年」
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画像上:
釜戸がまだニッポン列島に渡来する前、東海~関東地方で煮炊き道具として使われていた台付甕型土器、現代人からすると蓋を持たないことが希有に見えるが、置いた場所で煮炊きができるこの構造は、遊牧民のような旅する人の道具のよう。寝床を決め、その周辺から柴刈をして集めた燃料で煮炊きをする。どんな食材もグツグツ煮れば消化しやすく、やさしい風味の食事ができる。このポテンシャル、現代においては災害時には頼もしいのではないかと思えてならない。
 
 
画像中:
金属ならではの熱伝導の良さで、木が燃える800℃の熱であっという間に沸騰に至る。ちなみに出土する煮炊き用の土器には、なぜか砂が混ぜられていた。当初はその理由は分からなかったが、実験を重ねるうちに、砂の入った土器のほうが沸騰到達時間が早いことに気づいた。つまり2000年前の人たちは知っていたのだ、煮炊きにはこのほうが熱伝導が良いことを。
 
 
画像下:
今回は玄米(静岡磐田太田農場産コシヒカリ玄米+うるち赤米)を煮炊きした。まだ一度きりの実験ではっきりとしたことは言えないが、あきらかに熱ムラがなかった。羽釜で玄米を炊くのと同じようなフローで約一時間弱、かなりの熱量で加熱したが焦げることなく、ふっくらとした食感は現代人の食事感覚でもまったく問題のない美味しさだった。ちなみに平行して台付甕型土器でも玄米(静岡磐田太田農場産コシヒカリ玄米+もち黒米)を煮炊きした。もちろんこちらも美味しかった。しかしこびり付いた米粒洗いがひと苦労なのは素焼き土器の悩みのタネ(笑)
 
2016年07月11日 [ 724hit ]
トウモロコシごはん。
トウモロコシごはん。

 

毎年6月はトウモロコシの季節である。
地元の生産者から届くのは「甘々娘」などの人気品種。
アンコメでも販売する菊川の大喜農園さんのそれは、とても人気がある。

朝採りのトウモロコシを5分間茹でてそのまま食べる。
何よりこれが一番の食べ方に違いない。
けれど、お米に炊き合わせるのも悪くない。
ちなみに僕はお米といっしょに炊く派だが、友人の中には炊いたごはんに茹でたてを混ぜる派もいた。
いづれにしても、お米とトウモロコシ、(もちろん麦も)世界三大穀物は相性良いのだ。

巨大胚芽米カミアカリ(玄米)とも炊きあわせてみた。
そもそも炊いたカミアカリはトウモロコシのような香りがある希有な米、
炊き上がったそれは、予想以上にトウモロコシの香りに満ちていた。
ひとくち大の塩むすびしたら、お釜が空になるまでエンドレスだった。

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画像上:巨大胚芽米カミアカリ(玄米)と
画像下:硬めに炊いた山形大石田つや姫(白米)と

2016年06月25日 [ 585hit ]
ARTORO2016
ARTORO2016

 

今年も登呂遺跡でアートロが始まっている。
昨年まで講師という立場で準備期間を含め3年半関わってきたこの活動、
今年度から市民活動として再出発をした。
講師や参加者の区別のないフラットな関係で参加者それぞれが研究ができる場。
始めた頃にイメージした「ラボ」になっていければいいと思っている。

弥生時代の遺跡、登呂。
約2000年前にあった弥生時代に戻って今を考えてみると、
高度に細分化分業化した現代社会のはじまりはこの時期ではなかろうか?
そんな思いにかられ、暮らしのあらゆることの始まりを皮膚感覚でもって問い直す。
僕はそんな研究をのんびりしていくつもりです。
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画像上:苗を育てから移植するという今ではふつうの技術。そもそもそれが何のためかを知ってる人は案外少ない。
画像中:整備中の復元水田を眺めながら考える。肥料というアイデアがなかった時代、休耕し野草によって地力を回復させていた可能性が高い。弥生時代の水田の景色とは本当にこんなだったかも・・・。
画像下:紐がなければ、辺りの草で綯えばいい。すべての素材は足元にある!

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2016年06月15日 [ 705hit ]
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