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旅する羽釜 7

 

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。

 
 
旅する羽釜 7
 
 
忙しい辻くんをつかまえ、スイハニングとおむすび作りの許可をイベントのトップの方に掛け合ってもらうことを頼んだ。いくらなんでも無許可で火を焚いたり、食べものを出すわけにはいかない。何せフランスの政府関係者などVIPと呼ばれるゲストが150人位集まるというのだから・・・。辺りにはゆるい感じながらも、そろそろセキュリティチームが展開しはじめている時だった。
 
辻くんら2週間前に現場に入った舞台製作チームは、これまで様々な苦労を乗り越えてやっとこさ舞台を作ってきた経緯から、一筋縄ではいかないと思ったらしく、その日焼けた顔を一瞬曇らせた。すると通訳のKさんがその交渉にも同行してくれることになり、二人はメイン会場へ歩いて行った。僕が勝手にミッションと称しフェール城に羽釜を持ち込んでまでスイハニングできるか否か?その是非が決まるまで従業員宿舎横の椅子に腰掛けて待った。
 
いつも舞台の前には必ず「おむすび」たべるんだよ・・・。渡仏前、大倉源次郎さんと対話した時に、こんな風におっしゃっていたことを思い出し、いつもの空想をした。
 
米が炎のチカラででアルファ化(糊化)し、ごはんになる。ごはんは、人の手によって「おむすび」になり、その「おむすび」をたべた人の中で糖に姿を変えていく。その糖が体内のあちらこちらで燃えはじめる。筋肉を動かし、拍子を刻む。こうして米粒は鼓の響きになる・・・。
 
クルマで出かけていた大倉さんが帰ってくるやいなや僕にこう言った。長坂さん、舞台の前に能楽師全員分の「おむすび」よろしく頼みます・・・。承知しました!まだスイハニング許可は下りてなかったが張り切ってそう答えた・・・笑。それから待つこと30分、辻くんが戻ってきた。
 
結果が良ければいい・・・。それが回答だった。
 
結果はいいに決まっている。ここまで来て良くない結果のイメージなど微塵もない。疑う余地など何もないのだ。これでようやくスイハニングができることになった。次は薪の調達と釜戸づくり。するとKさんがそれも段取りしてくれて庭師風の感じの方と薪と釜戸に使うコンクリートブロックの在りかまで連れて行ってくれた。そこには暖炉に使うために積まれた大量の薪、奥の作業小屋にはコンクリートブロックが10個ほど置いてあった。田中隊員とふたり、薪を割り、ブロックを運び釜戸を作った。アウェイから一気にホームなったような気分。30分もかからないうちに薪と釜戸の準備ができ、いつスイハニングしてもいいような状態まで準備した。
 
その時だった。背の高いシャトーの支配人が大またでやって来た。威圧感バンバンで・・・。どれくらいかかるのか?とマジ顔で言った。最初はクレームかと思ったが、すぐにそうじゃないことがわかった。よくよく聞くと、「あと何時間後におむすびを出せるのか?」という質問だった。どうやらフランス政府の要人6人のためにダッシュでおむすび作ってくれ。という指示だった。僕は「40分後」と答え、すかさず釜戸に火を入れた。支配人は相変わらずのマジ顔でサムアップしてから、大またでシャトーに戻って行った。
 
一升五合(2キロ)の白米(結びの神)に昨日苦労して調達したピレネーの軟水、焚きつけ用には周辺に自生していた松の枯れ枝がちょうどいい燃え方をした。沸騰前に一度攪拌をし8分強で沸騰。いい調子だ。ここから火を弱め沸騰維持。「ブツブツいう頃火を引いて」のとおり置き火にする。それから数分後、枯れた松葉や小枝を釜戸に放り込み「最後に一束の藁燃やし、赤子泣いても蓋取るな」から待つこと10分後、蓋を開け一気に攪拌。空気に触れたごはん粒はピカピカと光り始めた。
 
その一部始終を見ていたのがこのシャトーの厨房で見習いとして働きはじめたというウィリアムくん17歳。さっそく炊き立てを食べさせた。どうだ?セボンか?セボンだろ!とセボン攻撃すると、ニヤニヤしながらひとことセボンと言った。
 
炊けたご飯をボールに移すと同時に、おむすび方として今回のミッションに同行した2人がピンポン球大のおむすびを結んでいく。手水はピレネーの軟水、塩は水を調達した店で買ったちょっとくすんだ色のゲランド。完成した塩むすびは舞台と同じ足久保の竹で作った器にそなえ、薪に使った松林に敬意を評し松葉を設えた。
 
ウィリアムくんには、初めてつくったおむすびは、自分で食べなくてはならない!これはニッポンの風習なのだ!とホラを吹き、ほぼ強引に食べさせてしまった。すると彼の口から自然に「セボン」のひとことが出た。やったね!それから彼にも手伝ってもらいながら、たくさんの塩むすびをつくり、大倉さんはじめ能楽師全員分の「おむすび」はもちろん、フランス政府の要人6人のための「おむすび」も予定どおりに納品できた。
 
さてと次はいよいよカミアカリスイハニング。まずは羽釜を洗うところから・・・。
 
 
つづく
 
 
Kさんへ
この度は本当にありがとうございました。当日はあっという間に時間が過ぎ、ゆっくりと歓談する間もなくフェール城を去り、ちゃんとお礼を言えずたいへん失礼しました。帰国後このレポートを書きながら、あの時のKさんの瞬発的判断と交渉が、このミッション成功の決め手でした。当日はそれがとても自然な流れのように感じていましたが、今思うととても幸運だったと感じています。本当にありがとうございました。 (ESI長坂潔曉)
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画像上:従業員宿舎横に釜戸完成、薪も準備よし!
画像中:フランス政府の要人のための塩むすび。竹紙の上に竹の器、そして竹紙でつくった折づるも添えて。
画像下:ウィリアム君と結び方のみなさん。
 
 
 
2013年07月30日 [ 6246hit ]
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