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2月2日号 このプロジェクトが教えてくれたことの巻

とかくこんな仕事をしていると有機栽培だの無農薬だのと食べる人の安全や健康ばかり質問されたりして正直なところちょっとした違和感がある。「そりゃーわかるけどね。それは食べることだけする人間のエゴってもんじゃねェーのかい?」なんて心の中で叫んでいる。もちろんそう云ったことにも関心がないことはないが、松下くんと仕事をしてからそれだけでないもっと広大で緻密な世界に関わっているのではないのかと思い始めているのだ。

それはヤツの米を食べた時に感じるあのなんとも云えない風味を味わうたびに思うことだ。松下くんの米が持つ独自の風味を作っているものはどうやら彼独自の分析された栽培方法によるものだけではなく彼の田圃やその周辺が持ち合わせる生態系そのものがつくる味なのではないだろうか?と。そんなことを考えていた時、友人のコーヒー豆屋の内田氏が「コーヒーで云うところの日陰栽培ってのがそれじゃないのか?」と云う。日陰栽培とはコーヒーの木が本来自生していたような環境で栽培されそこに住む多様な動植物との食物連鎖の中にあって育まれるコーヒー栽培のこと。

本来コーヒーの木は南回帰線と北回帰線の間の緯度で自生する木で直射日光を好まず大木の木陰などに自生していた。人間の手で栽培されるようになってからも同じように大木などで日陰をつくり栽培されていた。しかし70年代後半頃から生産効率を上げるために日向で栽培しても品質の変わらない品種改良や化学肥料の助けもあって現在のように日向で大規模に生産されるようになった。それによって生産効率はアップし価格も安くはなったがその時期と呼応するように日陰栽培農園を行き来していた渡り鳥が減少していったという報告もある。(もちろん渡り鳥減少の原因はこのことだけではないが)近年環境保護と農業生産活動との調和が叫ばれコーヒー栽培業界ではこの日陰栽培を見直す動きがあるのだ。以前からコーヒー業界ではコーヒーの品質においてこの日向日陰論争は続いているらしいのだが、環境問題という点においては日陰栽培に分がありそうだ。

環境問題を味や品質の出来不出来とすり返るつもりはないけれど、とあるコーヒー専門家がこのように語ったという本を読んで感銘をうけた。

「あるコーヒーは栽培地の周辺にある森の匂いをまとっている。つまり、その根が吸い込んだ水の味、その木の近くになっていた果実の香り・・・・コーヒーは、それを味わう人を、そのコーヒーが育った土地へ連れて行ってくれる」

現代の化学では、うまみ成分が何なのかということを付き止めることができるようになり、化学調味料という組織構造こそ寸分たがわぬものを作ることができた。しかし本来ある天然の複雑なうまみには到底かなわない。それと似たようなことが、生態系がつくる米やコーヒーの味に起きているのではないかと・・・・・。

たしかに人間に置き換えてみればどんな環境で何を食って育ったか?でその人の背格好や顔形、体臭、ひいては性格まで変わる。農作物だって当然同じなはず。どちらが良いとか正しいとかではなく、こういう環境でもって育ったモノの良さってものがあるんじゃないかと。それはいわゆる一般的に美味しさを判断する「ものさし」ではなくて、別の「ものさし」で語らなくてはならないと感じるのです。

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カエル

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彼岸花

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畔に咲く花

人
2002年01月14日 [ 2701hit ]
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