筋まき式の種まき機で苗床を作っていく。絶妙な水分量をコントロールできる吟味した山土にパスタマシンと同様の方法で幾重もの筋が引かれていく。直後、その筋上にパラパラと種籾が蒔かれていく。と同時にPHを調整した酢水がかけられ、そのまた上に薄く布団を掛けるように山土がやさしく掛けられる。全工程30秒も満たない時間で一枚の苗床の種まき完了する。それを一品種につき何十枚も作っていく。
よくしたもので種まきが始まる頃になると、20年産の在庫がすべて売り切れる。今年もやはりそんな風になった。5月の連休を前にして、「ヒノヒカリ」が完売。「あさひの夢」も、あと100キロほどとなった。この調子だと連休明けには、すべて完売になるだろう。
多くの人から、こう言われる。「一年間切らさず販売できる量を栽培したらどうだい・・・」。
近年、地元の有機米を食べたいというお客様や、オーガニック、玄米食を標榜する外食店での引き合いも多く、松下×安米プロジェクト米の人気はかつてより増えた。味もさることながら、松下の米にある独自の風味、そしてなにより地元の素材という価値が料理人達の琴線に触れるらしい。企画する我々にとってもその辺りが狙いでもあるので、その部分に反応してくれるのは「アンコメ冥利につきる」という思いだ。
であるから、できる範囲内での生産量は増やした。しかし年間通して販売するにはほど遠い。せめて10ヶ月くらいは販売できるようにすべきだが、それをするには栽培面積を増やすか、単位面積あたりの収量を増やすか、あるいはその両方をするしかない。
しかし松下一人でこなすことができる作付面積はすでに限界に来ている。また単位面積あたりの収量を増やすのは技術的には可能であるが、多くのお客様の琴線に触れるあの松下の米にしかない「らしさ」は損なわれる可能性がある。
松下の米が持つ「らしさ」を毎年再現するためには、質と量を守ることが最優先だということは、松下も私自身もよく承知していることだから、安易な増産をする気など全くない。
それでもこの米の多くのファンの皆さんに少しでも長い時間味わってもらいたいという気持ちがないわけではない。そこで今日、増産の可能性を松下に相談してみるとこんな返事が返ってきた。
「じつは1反5畝だけ何の品種を栽培するかを決めてない田圃があるんだ・・・そこを使ってみようか・・・」。
松下が毎年、様々な実験栽培などで使っている一枚の田圃。1反5畝あれば、約10俵(600キロ/玄米)弱ほど栽培できる。たった10俵、されど10俵。販売期間を2週間分くらいは先延ばしできる。早速その面積分をアンコメ米作りプロジェクト分として加えることを急きょ依頼した。
「ちょうど今、アンコメ分の種まきの最中だから、そのつもりで準備するよ・・・心配ない大丈夫。」
そんな松下の心強い言葉の奥には、今シーズンの作業の順調ぶりから来る余裕が感じられる。思えば10年前にはこんな余裕はお互いになかった。売りモノになるか?ならないか?それどころか秋に満足のいく米が実るのか?実らないのか?検討もつかない米に増やすも減らすも想像の外の話しだった。そこにあるのは、好奇心と、そうするしかない衝動だけだったように思う。
そういうことを思うと、今はとても幸せである。まだ種まきの段階から、秋に実るであろう米の行き先がすでに決まっているのだから。
すべての作業がほぼ順調。突然の訪問でも、余裕の表情の松下。と言っても気は抜けない。種まきの4月後半から5月は、案外天候が不安定。太平洋沿岸には気の早い台風も通過することもあり気圧も安定せず大雨や強風なんてことも。以前は苗床のトンネルが風ですべて飛ばれたこともあった。栽培に関わる以前の私なら、「一年で一番ここちよい頃・・・」なんてノンビリしていたが、田圃通いをするようになってからは、この時期の気圧配置がやけに気になる。そういうわけで、今の私にとって一年で一番ここちよい頃は、天候の心配をする必要もなく、かつ在庫の心配のない10月後半だろうか。あと半年先である。