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5月5日号 栃山川沿いを田圃へ

 毎年ゴールデンウイーク中の一日だけは田圃へ出掛けることにしている。暑くなく寒くない、そのうえ五月晴れとくれば、やっぱり自転車で行くほかありません!というわけで、まずは静岡駅を目指して走り始めたのです。
3月21日号をご覧になった方は、もうお気付きのことでしょう。そうです!今年から導入した小生の秘密兵器!軽量折り畳み自転車に乗って輪行で田圃へ向かっているのというわけです。
私の周りの自転車フリークたちに言わせれば、
「おいおい、藤枝くらいの距離は自走して行けよ・・・」と言うのが聞こえてきそうです。
まあそれはよく解るのですが、今回は単に走るのではなく、ちゃんとしたプランがあるのです。それを楽しむのには700C(ロードレーサーに代表される大きい車輪サイズの自転車の総称)じゃ、ちょっと都合が悪いのです。それはこんな理由です。

 3月21日の時は時間の都合上、田圃のある青南町の最寄り駅、六合駅で下車して田圃へ向かいましたが、今回はたっぷりと時間があるので、以前から松下くんの田圃の用水である栃山川沿いを探索し、同時に写真も撮ることにたっぷりと時間をかけたいという思いから、手前の焼津駅で下車し、栃山川の下流域から上流域にある田圃を目指すというプランを考えたのです。

 焼津駅で下車、北口で自転車を組み立てて、いざ出発。まずは西に進路を取る。地図を持たない行き当たりばったりの輪行旅、方向感覚を頼りに走ります。東名高速道路や東海道新幹線のガードをくぐり、「このあたりが栃山川かな・・・」と思いながらその川に沿って進路を取る。
「栃山川にしては何だか細い川だな・・・」とは思いつつも、川岸に植えられた桜の新緑が美しくて、ついつい見とれて川の名称も確認しないまま走った。ほどなくして、視界が開け高草山が見えるところに出た。
「あれ変だな?高草山がこの角度で見えるはずはないぞ・・・」そこで初めて、その川が栃山川でないことに気がついたのだ。

 松下くんの田圃のある志太平野は、主に大井川の扇状地瀬戸川が作った平野部によって形成された広大な平野。今でこそ大井川はその流れを西側に位置していますが、この平野の開発の歴史は、「人と洪水の闘いの歴史」と喩えられるほどのもので、その歴史どおり大井川はこの広大なエリアをすき放題流れていた時代が近世まで続いていたのです。それがこの土地に見られる、舟形屋敷や三角屋敷、屋敷林、そして砺波平野ばりの散居集落を生んだともいえるのです。もっとも現在はその面影はほとんど見ることができませんが、今回トレースしようとしている栃山川、歴史的にも有名な木屋川、そして無数に流れる用水路に往時の面影を断片的ながら見ることができるのです。

 「間違ってトレースしたのはどうやら黒石川かな?」と気づき進路を補正する。ベットタウンを象徴するような学校や住宅地を抜け、ようやく見覚えのある流れに行き着いた。それが栃山川であることは、すぐに分かった。流れの向こう側に、なじみの松下くんの田圃が見えたからである。
土手沿いを松下くんの自宅方面に上流に向かって登っていくと、「川中島八兵衛縁起」という供養塚を見つけた。その横にある立て札には、要約するとこんなことが書かれていた。

はなくてはならない恵みでありながら、その一方で伝染病の流行も川が原因という皮肉な時代。その時代に生きた八兵衛さんは、疫病に苦しむ人々を助け、また仏心の念にも厚い人だったという。そんな彼の遺言は、『自分が死んだ後も、疫病避けになってやろう』というものだった。紀の国川中島(和歌山県御坊市)出身で、この土地に尽力した八兵衛さんを供養する法要は、毎年八月十六日に行われている」

 松下くんの自宅兼作業場が近づいてくると、地域が利用している井戸端で、ご近所総出でなにやら行われているのが見えた。遠慮して作業場からその様子を伺っていると、ほどなく松下くんが小生に気づいてこちらに向かって歩いてきた。
「今日は何?」と質問すると、
「町内で共同利用の井戸の掃除でね・・・」
「じゃまじゃなかった?」と質問すると、
「ちょうど今、作業終わったからいいよ・・・」
「毎年この時期に近所総出で大掃除をするんだよ・・・」
水を利用し、その恩恵に与るというのは本来こういうことなのだなと、街人間の小生は、その風景を見ながらそう思った。

 仕事の進み具合を尋ねると、4月に入ってからの雨で、やや低調だったものの、ここ数日でかなり追いついたという。
「もう2日、3日頑張れば追いつくだろうな・・・」
そんな様子を象徴するように、苗場にはもうすでに2列ほど苗箱が並ぶトンネルが並んでいた。
さらに作業場横には、先ほどの共同井戸から流れ出る冷水に浸された種籾が2種類、芽出し準備のために浸されているところだった。網に入れた種籾は1週間くらい水に浸され、その間、何度も水換えをし、このゴールデンウィーク中に予定している種まきを待っているところだった。

 こうして何の気なく川沿いを自転車で散策しただけでも、「水」の重みを感じる自転車旅となった。そんな話しを松下くんにしたら、帰り際に彼がこう言っていた。
「この国の水利用は、じつはとっても少なくて、80%は海に流れているらしいよ・・・」
帰ってから調べてみたら、日本に一年間で降った雨の量で利用できる水の量(蒸発してしまった量を差し引いた量)のうち20%程度しか利用しておらず、残りは海への流出や、地下水として蓄えられているという。それが多いか少ないのか?はたまた良いのか悪いのか?は小生には判らない。しかしそれらも含めてこの地域には、この地域なりの水との長い関わりの歴史があること。また、松下くんの田圃と、それをとりまく様々なモノやコトの関係の中に「水」は中心的な存在でることは間違いない。
こういうことの様々な断片の蓄積が、じつはそこで栽培されることになる稲作のカタチを、必然的に生んでいくのだろう。もしかするとそれは、米の味そのもののなのかもしれないと、感じ始めたところである。次回はどこを走って田圃に行こうか、今から楽しみである。

 


栃山川の流れ。大井川から取水され、この地域の用水路として、なくてはならない命の源を運ぶインフラである。
栃山川の流れ。大井川から取水され、この地域の用水路として、なくてはならない命の源を運ぶインフラである。
2007年01月28日 [ 2991hit ]
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