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令和元年産で19作目

 

2001年、平成13年から始めたこのプロジェクトは今年令和元年産で19作目、たった19回ながら19回の経験は想像以上に大きい。このページを見て感動したという方からメッセージをもらいあらためてこのプロジェクトが始まった頃ののことを思い返してみた。

今から25年ほど前、私は米屋でありながら稲作のこと米の調理のことを何も知らずに専門店を標榜して米を販売していることを恥ずかしいと思い、当時新聞記者をされていたHさんが縁で知り合った松下に稲作とは何か?有機栽培とは何かの教えを請いに毎週日曜に田んぼへ通い少しづつ学んでいったわけです。その学びそのものを商品開発と考え、初年度からプロジェクト米と称し企画販売をしたのでした。折しも有機米や無農薬で栽培された玄米のニーズは潜在的にあったこともあり、初年度から順調な売れ行きでした。今となってみればずいぶんと乱暴なことをしたなと思いつつも若いからこその情熱の産物として魅力が充実していたのだと思います。ベテラン年齢になった今、当時のクオリティではきっと満足できないと思いますが。。。(笑)

いっぽう米調理(炊飯)の学びは、同時期に始まったお米マイスター制度と2006年に立ち上げた巨大胚芽米品種カミアカリのための勉強会「カミアカリドリーム勉強会」で仲間たちとの試行錯誤が大きなきっかけでした。一般に「炊く」と言っている煮炊き調理法は正式名称で「炊き干し法」といい、良質で豊富な水と深い森が育む日本列島で洗練されていった煮炊き技術です。この調理技術については、ある程度人に説明できるくらいの知識と経験を蓄積しました。これによって「田んぼからお茶碗まで」全体でお米を考えることができるようになったのです。それは松下が手塩にかけたお米の魅力をお茶碗の中で再現するための作業そのものでした。

当時「米どころ」とは思っていなかった静岡で質の高い美味しい米を生産することは無謀なことだと思っていました。しかし学んでいく過程で、じつは江戸時代、静岡は米どころだったことを知ります。とくに松下さんの田んぼのある藤枝(志太平野)は今で言う「魚沼」みたいなブランドイメージを江戸の庶民は抱いていたことを知り発想を根本から変えるきっかけになりました。また技術的なことを知れば知るほど、よっぽど劣悪な環境でないかぎり日本列島(高緯度と高標高は除く)は、どこでも健全な稲作ができることに気付いたのでした。それでも良質な米ができないのは、気候風土のような外部環境だと思いきや、じつのところ最大の問題は内なる敵「人」だという気付きもありました。

こうして松下と仕事をやってきていつも感じるのは「すべての答えは足元にある」ということです。同質のことを友人で森町に住むS氏が口癖のように言うこの言葉が私は好きです。

ないもの探しじゃなくて、ありもの探しをしよう。

答えはそれぞれの人にそれぞれ異なる答えが準備されている。そのことを信じてまた田んぼ通いです。今日はお彼岸、ちょうど彼岸花が畦で咲き始めました。
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画像上:右手がもうすぐ収穫の「きぬむすめ」と、左手が10月中旬収穫の「にこまる」どちらも順調です。
画像中:「きぬむすめ」先端部の粳枝がわずかに青い。ということは収穫はもう少し先かな。
画像下:開花が例年より少し遅い気がするが今年もきれいに咲いた。背景の稲は10月中旬に収穫する「にこまる」

2019年09月23日 [ 157hit ]
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