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記憶の地平【8】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなど。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理がてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【8】先人達の発見。

 

美術に興味ない人でも80年代はじめに記憶があるんじゃないかな。
「トマソン」。
建築物や、不動産の一部に残存した「無用の長物」。
そのシンボリックな姿を芸術として捉えることを発見したことから始まったムーブメント。
発見者は、あの赤瀬川原平氏。「老人力」のベストセラーで有名なあの方ですね。
たぶん赤瀬川氏以外でも、このような姿の物体を面白いと思い、気づいていた人はいたと思いますが、これを、トマソンと命名して、芸術として定義づけるまでに導いた人はこの方以外にはいなかったように思います。
そのトマソンとして最初期に確認された有名な物体としては「四谷の純粋階段」「江古田の無用窓口」なんかかな。
じつは高校時分に通学路上にそういう物体を発見した僕自身も、なんだかやけに萌えたことを覚えているから、皆さんの中にも、似たような経験を持つ方もあるかと思います。

 

さて、そのトマソンという名の由来を説明しておいたほうが良いですね。
それは巨人の4番打者にも関わらず三振が代名詞となった大リーガー、ゲーリートマソンの仕事っぷりが美しく残された無用の長物の概念にぴったりだったことに由来するんです。
この辺りセンスが赤瀬川節って感じですね。大好きです。

 

このように、対象となるモノを異なる角度で捉えることで、新たな価値が発見されていく様は、僕が感じている見立てることで生まれる「美しい状態」と質的には同じことのように感じます。

 

また、時代はさらに遡り大正の頃、柳宗悦らよる民芸運動もまた、僕の目にはそう見えてきます。
無名の工人や民衆が作る日用の道具や雑器の中に、用の美を発見し芸術として捉えていくムーブメントでした。
そうそう忘れちゃいけません。
その民芸運動のルーツがありました。
産業革命後のイギリスで起こったアーツアンドクラフト運動。ウィリアムモリスですな。
産業革命によって失われていく手仕事の美を再生しようというムーブメントです。
これは後に、20世紀のモダンデザインの源泉にもなっていくわけだから、物凄く画期的なことだったわけです。

 

これらに共通する点は、作り手に美しいモノを作ろうという作為がないけど、なんだか美しい。この感じですね。
それを見立てるという行為によって生まれるのが、僕が最も興味を持っている「美しい状態」への意識です。

 

このように、時代も対象となるモノの違いこそあれ、広い世界感を持ち、旺盛な探究心で新たな地平を築き、芸術までに高めた人達がいるのです。

とは云っても、赤瀬川さん、柳さん、モリスさんは、こう云うかもしれませんね。
「ちッちッちッ・・・そうじゃねーだろ、わかってねーな」って。
まあ、とにもかくにも彼ら先人達のそうした発見は、僕にとっての大いなる指針であることは間違いない事実。
既成概念に捕らわれることなく広い視野で対象を捉えることを当時再認識させてくれました。
感謝しているわけであります。
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トマソン本を久々に広げてみた。聞きたくなった。
YMO - CUE   HAS - CUE

2010年10月13日 [ 4223hit ]
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