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記憶の地平【4】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなどだ。今それらを整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツでちょっと書きながら整理しようと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【4】ひとつのカップ

 

とにかく勉強ができなかった。
鐘が鳴ってから出掛けても間に合う距離にある高校への進学など、ありえないほどの出来だった。
郊外の高校へ自転車通学する。行きも帰りも向かい風だった。馬鹿の大腿四頭筋は嫌おなく強化された。
高校3年の春、進学することに決めた。
そのためにちょっと風変わりな予備校へ通うことになった。
木炭と鉛筆と絵の具と練り消しの匂いのする木造2階建てだった。
そこでデッサンという行為を一日3〜4時間やった。
これもまたヘタクソだったが嫌いではなかった。
ある日、ヘタクソであるとか上手であることなど、あまり関係ないことに気づいた。
大きなモチーフの中にあるコーヒーカップを描いている時だった。
僕の場所からは、その見慣れたコーヒーカップ取っ手がちょうど隠れて見えなかった。
しかし、そのコーヒーカップには間違いなく洒落たカタチの取っ手が付いていることを僕は知っていた。
見えないはずのそれを意識しながら、その取っ手のないコーヒーカップを描き込んだ。
もの凄く下手なデッサンだったが、もの凄く手ごたえがあった。
これがデッサンすることの視点なのだと知った。

 

どんなカタチなのか?
どんな素材なのか?
重いのか軽いのか?
温かいのか?冷たいのか?
叩くとどんな音がするのか?
落とすと割れるのか?割れないのか?
どんな匂いがするのか?
誰がどこで、どんな気持ちでそれを手に入れたのか?
何杯のコーヒーをその懐に迎え入れたのか?
今どんな気持ちでそこにいるのか?

 

見ている世界はそのほんの一面に過ぎない。
対象をありとあらゆる視点で捉えると判る何かがある。

__

 

浪人してた先輩に連れられて行ったジャズ喫茶。コレでヘッドバンキング。

John Coltrane - a love supreme part1

2010年10月07日 [ 3833hit ]
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