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第38回 カミアカリドリーム勉強会、今回のテーマは「カミアカリ脳」を作る。<後半>

 後半は今回講師にお招きしたワイングロウワー杉山啓介さんの講演の様子をご報告します

 お話しするテーマはワインと「風土」・「品種」・「人」の結び付けを考えながら葡萄栽培からワイン作りをご説明しながら、「テロワール」という言葉の意味を考えてみようと思います。
じつは今回も同じ品種で違う土地、違う作り手というお米を試食しました。フランスではテロワールという言葉をよく使うのですが、日本語に相当する語彙がなく、皆そのままテロワールと使っています。一般には「土地の味」という意味を持って使われていますが、最終的には答えはなく、僕としては皆さんなりに考えていただきたいと考えています。

Q 「葡萄ジュースとワインとは何が違うのか?」

 端的に言うと、「酔う」のです。ワインは葡萄の果汁を発酵させて作ったアルコール飲料です。単純なことですがこれは重要なことです。
糖分が20%前後含まれている葡萄の果汁は多くの微生物にとって魅力的な「スープ」であり、不安定な存在です。発酵により葡萄がワインに変わるということは、アルコールのおかげでより微生物的に安定するということも意味します。古代から葡萄をワインに変換して保存するという発想は、実に自然のなりゆきだったと考えられます。
だいたいワインには10%〜15%のエチルアルコールが含まれています。

Q 「どこからエチルアルコールはやって来るのか?」

 葡萄果汁の中にある糖類が酵母(Saccharomyces cerevisiae)の働きによりエチルアルコールと炭酸ガスに代謝されることで生まれます。
葡萄果汁はお酒になるにはかなり理想的な液体です。酵母が活動するのに適度な水分、適度な糖分(18〜24%)、が含まれており、さらに適度に含まれる有機酸がpHを低く(3.0-3.5)保つことで、雑多な微生物の繁殖を抑えます。
そのために、穀物から造られるお酒のように、水を加えることや、デンプンの糖化という過程がなく、醸造過程がとてもシンプルなところがワインの特徴といえます。
しかし一方、生の果実は貯蔵や輸送に弱く、収穫時期も限られています。そのために収穫後速やかにより安定したワインへの変換が求められます。
これらの理由から畑と醸造所は非常に近い関係になります。必然的にどの場所でどんな葡萄がどのように収穫できたか?ということがワインの内容の多くを占めることになり、優秀な造り手の多くは収穫された葡萄を最大限に理解し、葡萄のキャラクターを尊重したワイン造りに励みます。
こういった姿勢は、伝統的なワインのラベルの多くには造り手の名前よりも大きく畑の名前が書かれていることでも分かると思います。

Q 「ワイン造りにとってよい葡萄とは?」

 「ワイン用の葡萄は美味しいですか?」とよく聞かれます。もちろん美味しいです。ただし食べられるところ、果肉は少ないです。現在主流の生食用葡萄からすれば小粒でかなり原始的・野性的な風貌ですが、食べて美味しいけれど生食用のそれとは違う価値観を持っています。
ワイン用として求められる要素の一つに粒が大きすぎないことがあります。なぜなら粒が小さいほど果汁に対する皮の割合が多くなるため皮の中に含まれるフレーバーや色素が豊富に得られるからです。同時に大事なのが種。種の中に含まれるタンニンはワインの渋味を作る重要な要素のひとつです。造り手たちはいつもよく熟した種からより質の高いタンニンの抽出を期待します。
ですから、小さな粒、しっかりとした果皮、多くはないけど濃縮感のある果汁、適度に熟した種、この4要素がワイン造りにとってよい葡萄なのです。
さらに言えば、病気が少ないこと、糖度が高く酸がしっかりしていること、色が良い葡萄を欲しています。何度も言いますが食べてとても美味しい、しかし食べるところは少ない。それがワイン用の葡萄です。
次世代にいのちを繋ぐための充実した種。それを様々な環境から守る充実した果皮。僕たち造り手が求めているものは、葡萄の生理にも案外合っているのかなと感じています。

Q 「醸造所では何をするのか?」

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 ワインはご存知のように、赤ワインと白ワインに大別されます。赤ワインは黒い葡萄で作り皮も種も同時に槽に入れ(梗は入れる人と入れない人がいます)発酵させます。発酵を開始するための培養酵母を添加する場合と添加しない場合があります。そこにも様々な考え方がありますが、日本の醸造家の間でも、葡萄の状態を見ながら自然に発酵を待つ造り手が増えてきました。
天然酵母パンと、培養イーストのパンを想像してみてください、天然酵母のパンは条件によってふくらみにばらつきがあったり、夏場に酸が高くなったり不安定な点もありますが独特の風合いが特徴です。一方培養イーストのパンは、味わいの複雑さは比較的抑えられますが、再現性の高い安定したパン造りを可能としています。2つの方法に優劣はありません。どのような思想を持っているかが、すべての行程を決定するのではないでしょうか。

 発酵が進行するにしたがって葡萄の糖分が代謝されてアルコールになっていきます。赤ワインの場合、次第に増えるアルコールは皮や種から色素やタンニンを抽出します。これを醸し(マセレーション)と呼んでいます。発酵中は盛んに炭酸ガスが発生し、上部に果皮が浮いてしまうためにそれを櫂入れ(ピジャージュ)や、ルモンタージュ(下から液を抜いて上からかける)といった方法によって均質化と抽出を計るのですが、この作業はどんな葡萄が収穫されたかによって方法や回数、時間が大きく変化します。これらはすべて醸造場の人達の判断、ノウハウです。そうやって適度に色素やタンニンが抽出された液体は機械で種と皮を除かれ、熟成という段階を経てワインになっていくのです。
いっぽう白ワインの場合は、まず葡萄を絞ってジュースにし、そのジュースを発酵させます。この場合ワインが種と接触している時間がありませんから、赤ワインに比べると白ワインは比較的渋くなく、あっさりした味わいが多いということになります。
白ワインの場合もその品種や葡萄の品質によって、例えば発酵中の温度管理や、ある種の培養酵母の選択をすることにより酵母由来の華やかな香りや葡萄が潜在的に持っている香り成分を引き出すということができます。
一方、最近ではこういった作業の中の一部で、あえて機械化しないで人の手(足)で行う醸造所も出てきました。機械化されることによる均質化を嫌う考え方です。ゆっくり、おだやかな、長い波、そういう発酵を促すような醸造の考え方、僕は今、すっかりその考え方に感化されています。

 つぎに熟成です。熟成にはいくつか方法があります。主にはおなじみの木樽、もうひとつはステンレス・琺瑯などのタンクです。熟成の間にはとても複雑なことが起きています。とくに樽の話しを始めると複雑なので割愛しますが、現在木樽は水楢の一種であるオークで造られたものを使うのが一般的になっています。ワインとの接触面が焦がされたオーク材は、熟成期間にバニラ・ココナッツ・煙・栗などのニュアンスを持つ様々な芳香成分をワインに与えます。
また、樽から穏やかに抽出される木のタンニンは、ワインの色素の安定を図ります。
このようにワインの熟成とオーク樽は密接な関係を持っているのですが、オークの香調が支配的になったワインは失敗と言わざるを得ません。大切なのは熟成期間の長さではなく、果実の充実度に合った均整の取れた熟成です。樽はワインの「味つけ」に使うものではないと優秀な造り手は認識しています。
果実の香りと発酵の香り、この2つをより大事にしたい場合は、比較的ニュートラルな性質を持つステンレスや琺瑯のタンクを使います。
木樽とステンレスタンク、どちらが優秀というのではなく、どのような思想で葡萄が植えられ、収穫されたかがこれらの熟成方法を自ずと決定づけます。こうして熟成されたワインは瓶詰めされ、市場に出て行くのです。

Q 「テロワールとは?」

 今日はみなさん同じ品種で違う産地のカミアカリをテイスティングしました。同じ品種なのに味が違うのは何故か?と思われた方もいらっしゃると思います。じつはワインの世界ではテロワールという言葉があり、頻繁に使われます。テロワールは訳すことができないのですが、まず非常に狭い意味では「土地」のことだと思います。ここの土地では伝統的にこういうモノが生まれる・・・例えばフランスのシャブリという所のワインには香りにミネラルのニュアンスというものがあって「火打石のような・・・」という風に表現する方がいます。
このワインはシャルドネという品種から造られているのですが、もう少し南の産地に行くと同じシャルドネでもこれらの香りのニュアンスはあまり感じられなくなってきます。
面白いことにシャブリのそばにサンブリという地区があり、そこではソーヴィニヨンブランという違う品種でワインが造られているのですが、目隠しのテイスティングでは、しばしば間違えるほどシャブリ様のミネラルのニュアンスが感じられます。
これは、どうしてなのでしょうか?
土壌に特殊な成分があるからかもしれません、気候に特別な条件があるからかもしれませんし、もしかしたら特殊な虫が植物をかじることによってそのような香りが出ているのかも知れません(いまのところそういった報告は聞いてはいませんが・・・)。
そして、忘れてはならないのは人です。どのようなタイミングでどのような作業を行うのか、施肥には何が手に入り、何を施してきたのか。高緯度のシャブリでは葡萄の酸度も高く、蔵もきっと寒かったはずです。そのような場所でワインを造っていれば秋冬にマロラクティック発酵(乳酸菌によってリンゴ酸を乳酸に代謝する発酵)が自然に起こることもなかったはずです。
そういった自然環境と人の関わりもワインの特殊性を形成していくのに大きな役割を果たしているはずです。

 他の地域にない味や香りがある地域に同じようにある、それを構成する要素の「なにか」・・・それがテロワールなのかなと個人的には考えています。じつはこれ、人によって考え方が違うのですが・・・。

Q 「テロワールの構成要素を考えてみる。」

ワインの場合3つだと思います。
?「土・気象条件」?「品種・栽培性」?「人・技術」
どんな土壌の構成なのか?どんな風がそこに吹くのか?いつ雨が降るのか?そのような土壌・気象条件によっておのずとそこに残ってくる品種は決まってきたはずです。
それら地域には栽培性もあるでしょう。大消費地に近く平らな土地だったら作業性も良く機械化が容易。そういう場所ならできるだけ安く、大量に多くの人に好まれるワインが造られるのは必然の結果といえるでしょう。
いっぽう作業性も悪い斜面の土地、大雨が降ると植えた苗木が流れてしまうような厳しいコンディションのなかで、重い枷を背負ってその土地に生まれた人たちは、とにかく充実度の高い葡萄を育て外貨を稼げるような良いワインを作る以外、「他に生きる道はなかった」のだと思います。
このような「気質」も広い意味での「テロワール」であると僕は認識しています。

 例えば傾斜地に葡萄を栽培しようとした時、そこを傾斜のまま植えるのか、テラスを作って植えるのか、それによってワイン作りの思想というのは変わってきます。
「この土地ではこうせざるを得ない・・・」というような、様々な要因、環境、品種、人の技術が密接にリンクすることによってワインに与えられる「他では得られない何か」、これがテロワールという言葉に繋がって多くの飲み手を感動に導くのではないかと僕は考えています。

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杉山啓介(すぎやまけいすけ)氏プロフィール
ワイングロウワー、1974年静岡県静岡市出身、1996年より山梨県勝沼丸藤葡萄酒工業で醸造・栽培を4年、その後渡伊、3年間イタリアの醸造所で醸造・栽培に携わる。帰国後、山梨県勝沼原茂ワイン株式会社にて4年間醸造責任者。2008年原茂ワインを退職、現在山梨市にて20余種のイタリア系醸造品種を栽培しながら独立準備中。
Eメール:keisuke@kivis.jp



 

「杉山さんの話を聞いて・・・。」    カミアカリドリーム代表 長坂

 ワインは葡萄栽培から瓶詰めされるまでのすべての工程が、醸造所によって把握されていることに改めて感心しました。これはワインの世界ではごく当たり前のことですが、米の世界ではほとんどあり得ないことです私が思い描く、「田圃からお茶碗まで」という世界が、ワインでは普通のことなのです。
しかしそれは葡萄という貯蔵や輸送に不都合な果実だからこそ生まれた仕組み。杉山さんの言う、「他に生きる道はなかった」。その選択がこのような仕組みを必然的に生み出したのだと知りました。
そういうことの意図せぬ積み重ねによって生まれることになるワインの風味風合いを説明する時、その概念としてテロワールという言葉が出現するのです。カミアカリを道具に米のテロワールを探求するには、その意図せぬ何かをすべての過程の中から、きちんと一つ一つ見つめ直す必要があると、今感じています。

 

2008年11月16日 [ 2674hit ]
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