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第11回 カミアカリドリームはじまりはじまり。

 約1年間の準備を経て7月28日(土)「カミアカリドリーム第1回勉強会」を開催しました。参加者は当初の予定を大幅に上回る30人。稲作生産者、米小売業者、消費者などに加え、一見お米には関係なさそうな異色のメンバーが大勢集まってくれました。
じつは、カミアカリドリームはこうした多くの方、様々な分野の方たちに、このカミアカリという特異まれな米に関わってもらうことを想定して作られた勉強会なのです。

 

 一般的にこのような勉強会は、生産者だけ、販売店だけ、あるいは消費者だけ・・・というように、各セクションの中だけで行われるケースが多いと思います。しかしカミアカリドリームはそれを否定しているのです。
カミアカリドリーム設立の際に書き上げた「三位一体宣言」にも書かれていますが、この勉強会の3つの課題の中の一つに、「『作ること』『商うこと』『食べること』という三つの大切なことの間の、かけがえのないつながりを再生すること・・・」とあります。
お米はそれ自体が示すとおり、作る人から最終的に食べる人までつながることで美味しくいただけるものです。とくに玄米で食べることを前提としたカミアカリはその性質上、これは必須だと考えます。要するに個々のセクションの利害や都合ではなく、全体としての調和を重んずる。カミアカリは我々にそれを求めていると考えたのです。
そしてまた、カミアカリドリームは美味しさの均質化に対するアンチテーゼでもあります。地域や田んぼ、そして栽培する人、このように様々に異なる条件から起因する味や風味風合いの違い。二つとない個性。あなたにしかできない米の味。どれも美味しいけれど、すべて違う。言わばワインの世界で語られているテロワールをお米の世界で具現化する。その道具としてカミアカリを位置づけているのです。
これらを実行することによってカミアカリの可能性を、さらに膨らませることもできると考えます。そして、各メンバーがカミアカリをきっかけにして知りえた様々な情報を共有すること、さらに我々自身が新たな情報を創造すること、カミアカリドリームが考える方向性とはこのようなものです。
勉強会の冒頭、代表を務めさせていただいている私(長坂)はこのようにカミアカリドリームについて説明させていただきました。

image 勉強会は前後半に分かれて行われました。前半では、カミアカリの育成者、松下明弘さんから「発見から育種そしてこれからついて・・・」というテーマでカミアカリの解説と栽培から販売そして消費に至る、すべてのセクションでの品質管理や情報収集をするためのプランを説明しました。
これは、「作ること」「商うこと」「食べること」が具体的にカタチでつながることを示唆しています。カミアカリは、どこで誰が栽培したが、そのカミアカリは、どんな風味風合い、味、食感なのか?どんな風に貯蔵され、どんな時期にどんな品質の変化をしたのか、そしてどんな風に炊かれ、それはどんな風味風合い、味、食感だったのか?これらの情報を出来る限り補足するためのプランをプレゼンテーションしました。
次に、ゆとり庵の植田稔さんから、準備してきていただいた土釜炊飯によるカミアカリの試食と炊飯ノウハウの解説、またこれまでご自身が感じてきたカミアカリの印象などを述べていただきました。
植田さんは、カミアカリに出会ってから玄米についての印象が180度変わったと言っています。「私は今まで玄米は硬い、不味いという印象が拭えなかった・・・」
「不味いものは体に悪い、いくら玄米が体に良いと言われても、不味いのだから体に悪い・・・だから玄米食をある意味否定していました・・・しかしカミアカリに出会ってその考え方が変わったのです・・・・」
「この独特の風味、香り、そして食感、何よりもその味の良さ、その持ち味を100%引き出すために土釜につきっきりで炊飯技術を工夫しました・・・今日お出ししているカミアカリは昨年秋の頃よりさらに技術が向上していると思います・・・」
カミアカリの魅力が、ごはん炊き名人として知られる植田さんの琴線に触れ、植田さん自身の食に対する考えも変えてしまったことに、あらためて感動しました。

image 後半は、本日のゲストスピーカー稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)さんの講演会です。稲垣さんは現役静岡県農林技術研究所主任研究員でありながら、「雑草の成功戦略」(NTT出版)「身近な雑草のゆかいな生き方」(草思社)など著作も多く、雑草研究や田圃環境の研究では、日本を代表するエキスパートです。
今回は「環境の時代を担う これからの田んぼの役割」というテーマで、お話ししていだだきました。

 稲垣さんは冒頭、「日本に農業(田んぼ)は必要か?」という過激な切り口で話しを始めました。
食糧(米)の効率の良い生産を求めるのであれば・・・ということで研究者たちが考えた意見をまとめると。
「安全で安心そして安い米というのであれば、米は海外で作り輸入すれば良いのでは・・・?」
「もともと稲につく害虫のいない場所で稲作をすれば無農薬米が安いコストで作れるし・・・?」
理屈はそうだけど、何かが違う。どこか腑に落ちない。それは、田んぼは米の生産工場ではないとうこと。米そのものは貿易で得られるものであるけれど、田んぼは「非貿易財」なのだと稲垣さんは断言する。
「田んぼには多面的機能を持っています・・・」
稲垣さん監修による子供向けの冊子を教科書に解説は進みます。
「田んぼは洪水や土砂くずれを防ぐんです」
「田んぼは水をきれいにするんです」
「田んぼは動植物のすみかです」
「田んぼは人の気持ちをリラックスさせてくれます」
これを、大きく3つにまとめてみるとこんなキーワードになります。
(1) 水循環の制御
(2) 二次的自然の形成
(3) 生産・生活空間の一体性
これらはどれも、冒頭で言うところの効率的生産という意味では、「効率化できないもの」にあたります。言わば、それらは自然、癒し、景観、を意識するということなのかもしれません。

image 話しはドイツ出張で体験したある片田舎の農業事情へ移ります。
南ドイツにあるこの田舎町は、りんごと酪農、そして観光で生きてきた地域だったのですが、ここも日本の田舎町同様に、中国産のりんごに押されてりんご農家が壊滅的被害を被ったり、リゾートや観光が東欧にシフトしたり、そういう厳しい時期があったそうです。しかし、ある方法を模索する中で村が再生したというのです。
それは、地域にしかない農業を再度見直すことから始まったそうです。この地域には原風景と呼ばれるような伝統的な風景が、かつてあったそうなのです。
それは、地域に広がるまばらな高木のりんごの木と、山羊や豚、牛が混在するような南ドイツ特有の牧歌的風景だったのです。
この地域にしかない高木のりんごはコスト的には高いものであったけれど、有機栽培されたそのりんごを使い、その地域にあるジュース工場でりんごジュースを作ります。そして地域の人がそのりんごジュースを購入するような仕組みを作ったというのです。いわゆる「ウインウインウインの関係」です。
ここまでは誰でも思いつくことですが、ここからが肝心です。じつはそのマーケットサイズを市民の5%というサイズで計画したそうなのです。ドイツでも一般的に有機食品のマーケットは10%位らしいのですが、その半分のマーケットサイズに設定したというのがミソです。
じつはこのスケールこそが、この地域特有の原風景を守ることができるマーケットサイズでもあったというのです。りんごジュースが売れるからといって、りんごの木を増やすと風景は壊れる。風景が壊れることは、この地域にしかない農業や生活スタイルそのものが壊れる・・・というわけなのです。
こうしてこの地域には、ドイツ各地や周辺の国からこの地域にしかない生活空間を楽しむために多くの人達が訪れ、観光が再生されたというわけです。

 稲垣さんはこれまで話されたことを踏まえて、3つのキーワードを我々にメッセージしてくれました。それは、「本物、地域、魅力」
じつは、これらのことの原動力は「つながり」だと言うのです。人と人のつながり、人とモノのつながり、モノと情報のつながり、情報と人のつながり・・・・。つながりによってこれらは相互に活性化しその精度を上げ、新しい価値を作るというのです。
稲垣さんは最後に、「私が今日話そうとしていたことはすでにここにも書かれています・・・」と言って三位一体宣言のコピーを手にとり、この部分を読み、講演をしめくくりました。
「『作ること』『商うこと』『食べること』という三つの大切なことの間の、かけがえのないつながりを再生すること・・・」

2007年(平成19年)8月1日

2007年08月01日 [ 2619hit ]
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