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1945

 

今日、県立図書館へ行き、昭和20年(1945年)終戦後、米軍が撮影という空中写真を閲覧し当時のわが家を観た。
祖父と中学生だったはずの父がいた配給所時代のアンコメである。
かろうじて空襲の被害を免れたその家と思しき建物が今と同じ場所にあった。

父によれば、空襲の時、祖父と父が家に残り、祖母と弟2人は臨済寺方向へ逃げたそうだ。
ところが焼夷弾が落ちたのは逃げた臨済寺方面だったという。
帰って来た弟たちは、こんなことなら家に居ればよかった・・・と言いつつも、互いの無事を喜んだという。

昭和初期、父が生まれる少し前に祖父が開店した米屋も、あと数年で90年経つ。
開業当時は清水屋米店、
戦中戦後は安東配給所、
その後、安東米店となり今に続く。

今後どんな時代がやって来るかは誰も想像できないけれど、
毎日続けていると明日がやって来るのだと、この写真は教えてくれている気がした。

2016年02月14日 [ 2703hit ]
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