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水田徘徊2017 奥久慈大子町の大久保さん

 

夏の終わりに茨城と福島へ旅に出た。思えば学生時代、先輩から譲ってもらったオートバイで北を目指して旅をしたのもちょうどこの時期だった。この時が初めての東北の旅、国道4号線を北上するにつれ、肌で感じる涼しさに南北に伸びる列島を感じたものだった。今回は松下の愛車に揺られ高速道路を北上する。ワンボックスのキャブオーバー、若い時と違いもう少ししなやかな足回りが恋しくなる。そんな頃、茨城県の最北部、久慈郡大子町に到着した。

「昨日まで曇天、今日は久々の太陽ですよ・・・」久々に会う大久保さんとの会話も、やはりお天気のこと。ご多分にもれず大子町も曇天続きだったそうだ。しかし日照不足を心配しつつも目の前にある早生品種(カミアカリ、コシヒカリ)たちは、そんな心配をよそに見事に穂を垂れている。日照は少なかったものの気温は平年並み、ゆえに積算温度はほぼ例年どおり積み上がったことが功を奏したらしい。「まあ、数日遅れくらいですかね・・・今年はカメ(カメ虫)いないし、まあそこそこいけるんじゃないですかね~」。品質にも自信が持てている様子だった。

高温や冷夏、日照不足に空梅雨、台風に大雨・・・毎年毎年に列島中でいろいろなことが起きているが、僕の知る限りこの大子町は大きな影響を受けることがあまりなかったように思う。「人が古くから住みついているところはそれなりの理由があるんだって考古の先生が言ってぜ・・・」と、いつも行く味一(大子町ダウンタウンにある焼肉&おむすびの人気店)で一杯やりながら松下が言った。「田んぼだってそうだろ、放棄された田んぼには理由があるんだ、いい田んぼはみんな知ってんだよ・・・」。就農して5年、最近になってようやくいい田んぼが借りられるようになった黒田くんにとっては、それは目の前の現実そのものだと松下さんも大久保さんも承知の上で話をしている。大切なのは、こうして旅をして別の土地に来て自分の足元を俯瞰すること。栽培技術を学ぶことと同じか、それ以上にこの皮膚感覚は大切なことと思う。これが分かってはじめて、自分の足元でしかできない米を考えることができる。と僕はいつも感じている。農業者でもないのに生意気なのではあるが。
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画像上:反収7.5俵というあたりの大久保コシヒカリ、止葉(とめは)の色が抜け始めれば登熟も後半。今年もいい出来映えだ。
画像中:巨大胚芽米カミアカリ。29年産大久保カミアカリは田んぼの場所を変えた。有機栽培米認定に向け準備を進めているからだ。28年産は苦戦したが今年は順調だ。
画像下:今回の旅も松下さんと黒田くん(長野県佐久市で新規就農した若手農家)が同行した。「弟子の稲を見に行くのが師匠の務め・・・」(松下さん談)とばかりに畦傍の稲談義に終わりはない。

2017年09月08日 [ 402hit ]
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