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スイハニングのルーツを探る旅 1

 

炊飯はニッポン列島で生まれた独自調理技術だということは、ここでも何度か書いてきた。
「煮る、焼く、蒸す」
この3つの加熱調理技術を、ひとつの鍋釜の中で水加減火加減だけで連続して行う調理。
この繊細さと大胆さを併せ持つ調理技術から生まれる「ご飯」の魅力は、いまさら説明の必要はない。
素材の持つ力を十二分以上に引き出す上に、米を吸収しやすく効率の良いエネルギーとする調理技術。

その技術はどういう経緯で生まれたのかを知りたくて
スイハニングと称し様々な方法、様々な場所で炊飯を実践してきた。
また登呂遺跡での活動(アートロ:登呂会議)を通じて過去に戻って考えてもきた。
そんなわけで、この探求は、すっかり私のライフワークとなっている。
探求の過程で湧いたひとつの疑問がある。それはこんなものだ。

縄文時代の晩期、渡来人によって稲が大陸からやってきて以来、
この列島で少しづつ稲の種子「米」をたべる食文化が広がっていった。
しかし「炊飯」という技術が生まれたのは、米食文化圏の東アジアの中にあってニッポン列島だけで起こった。
しかも米食後発組でありながら、なぜこんな高度な技術が生まれたのか?
僕がこれまで見知った経験から、ある仮説を思い描きはじめている。

つづく
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画像上:南阿蘇で地元の有機米をスイハニング(2014)地元の米を地元の水と燃料でスイハニングする醍醐味は格別!
画像下:佐賀県吉野ヶ里遺跡。登呂で見慣れた弥生の姿からすると、こちらの弥生は、はるかに都会的に見えた。

2017年03月06日 [ 352hit ]
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