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執筆者プロフィール

白鳥和也

1960年静岡県生まれ。小説家・エッセイスト・自転車文学研究室主宰。
最近、念願の小説本『丘の上の小さな街で 白鳥和也自転車小説集』(えい出版社・えい文庫)を上梓。そのほか著書は『自転車依存症』『素晴らしき自転車の旅』(以上平凡社)』など。自転車の旅と書物と米のご飯をこよなく愛する中年男。
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目次
其の一七 ご飯つぶと手仕事
(C)Kazuya Shiratori
(C)Kazuya Shiratori
 恥ずかしながら最近知ったのだけれど、工業的に作られた接着剤などが無かった頃、木工などによく使われたのは、飯を練って作る「米のり」だったそうである。考えてみれば、そういうものがないと、そもそも製作不可能だった文化財がゴマンとあるはずなのだ。
 
 歴史的な遺産には到底及ばない話とはいえ、高度経済成長時代に幼年期を送った私のような世代には、ご飯つぶをのりがわりにした経験があったことと思う。もはや昭和の時代の伝説になりつつあるのかもしれないけれど。
 
 たぶん小学校に上がるか上がらないかの頃、紙で何かを作った。そのときに、のりの代わりにご飯つぶをいくつか使って、紙と紙をくっつけた。つまりそれは、工作というものの始原的な場所に、ご飯つぶがあったということだ。
 
 今では「食物をそんな風に使うのはけしからん」と見る向きもあるかもしれないが、当時は、子供のいたずらのような工作に、わざわざ容器に入ったのりを買ってきて使わせるなどしていられない、というような状況がけっこうあったはずなのだ。
 
 近頃では、そういう樹脂の容器に入ったのりですら、使われるケースが激減したようだ。手を汚さずにのりを使える製品がいくらでもある。でもそのことが子供たちにとっていいことなのかどうか、疑問視している方々もいるようだ。
 
 
 
 当節は模型屋さんなどに立ち寄ると、小中学生の姿はほとんど見かけず、むしろ小中学生の時代から模型を作っていた私のようなおじさんたちが目立つ。プラモデルもずいぶん売れなくなったようだ。
 
 私が子供だった頃は、「プラモデルなんて組み立てるだけだから、誰でも作れる」と言う人もいた。本のところはきれいに作るのはけっこう難しく、ていねいさと根気が要る。
 
 多くの物事は、実は、めったにない天性と特別な能力、器用さなどが成し遂げるのではなくて、地味で退屈なことを、ただていねいに、根気強くやり続ける、という平凡な努力から成っているが、あまり人はそのことを深く考えたりしない。
 
 そりゃベートーヴェンやイチローのようになりたければ、持って生まれたものの比率はきわめて高いと言わねばならないけど、それは非常に特別な場合だ。
 
 手仕事で何かを作ったときの満足感や達成感は、やや大げさに言えば、この地上に身体を持って生きる歓びを人に認識させる。そこには生への疲労からの開放と回復がある。それは工作に限らず、料理でも、洋裁でも、家庭内のDIYでも、ガーデニングでも同じだろう。
 
 そしてほとんどの手仕事は、ていねいさと忍耐があれば、まあなんとかなる。私のような物書きの商売は、世間からは非凡な発想と抜群の文才が核心だと思われているが、かなりの部分は、むしろはるかに地味な作業から成っている。たとえば小説を書くことなどは、まったくそういう感じである。
 
 まあ偉そうに書くほど立派な作品を書き上げているわけじゃないけれど、小説というものは、一種ジオラマみたいなところがあって、そこをある程度一生懸命作りこんで、ただし作りこみすぎないようにすると、人は読んでくださるようだ。たとえば完全に隙のないインテリアというものに、人は落ち着くことができない。
 
 手仕事で作られたものに、さらに想像力という手を加える余地が残っていることが肝心らしいのだ。
 
 お米を作ることはもちろん、野菜を育てたりすることも手仕事であって、生業であっても道楽であっても、手仕事の歓びを知る人は、生きることにうんざりするケースが少ないのではないか。今の時代の問題のひとつは、手を動かすことの必然が減り、そのことで自己の存在の意味のひとつが不確かに感じられるからだと思われる。
 
 もちろん私もそうだけれど、人にとって最大の歓びは、何かを自分がして、それを他人に喜んでもらえたり、感謝してもらえることだ。かなりの高齢なのに元気で、時間があれば昔ながらのわらじか何かを人のために作っている方を、テレビで見たことがある。
 
 手を使う習い事がいくつもある。ピアノをはじめとする楽器や書道や、昔は珠算もあったな。多くの親御さんはそういう手作業の訓練の成果が、専門的技能の習得や、履歴書に書き込める事柄のプラスになると思って、安くもない月謝を払っているはずだ。
 
 しかし手仕事には、より根本的な意義があるはずで、そのことに私もようやく最近気がついた。楽器の演奏に取り組む人は、プロや先生になれなくても、技術を学ぶ課程で上には上がいるのだということに気付いて謙虚になれるし、それ以上に、手仕事の歓びを知り、そのことで生きることの大変さや哀しみを乗り越えられる要素が多くなる。
 
 われわれが幼年時代を送った高度経済成長期は、遊んだり愉しんだりしようと思えば、自分の手を動かすしかなかった。それ以前は、もっとそういう傾向が強かっただろう。手を使わざるを得ない時代は、魂的にはむしろ健全な面が多い。
 
 安いわら半紙やチラシの裏を使い、ちびた鉛筆で絵を描き、のりしろにご飯粒をこすりこんだ日々。乾いたでんぷんが指先で固くなっていたのを思い出す。
 
 そういうわけで、「米のり」のようなものを、試しに作ってみた。掲載の画像が、練っている途中である。少し水も加えてみたので、ちゃんとした作り方かどうかは不明だが、適当に切り上げて、模型用の細い角材どうしの接着に使ったところ、乾くのに非常に時間がかかるものの、案外しっかりくっついているので驚いた。
 
 余った「米のり(のようなもの)」は、ビンに入れて蓋をした。固まるかと思ったら、そうでもなく、数日経ったら、なんだか前よりやわらかくなっている。いたんでいた。生ものなのであった。もちろん乾いたものはそうはならない。使う分だけ作る、食べる分だけ炊く、それが作法なのだ。やはり、米や飯というものは、手仕事の偉大な教師であった。
2010/1/27 16:50 投稿者: yhonda (記事一覧) [ 6012hit ]
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