昨日、お茶のテイスティングに招かれた。
県内のある地域の生産者グループのお茶1種とそれ以外の3種を試飲した。
これら4種のお茶はすべてブラインドされているので、
どれがその生産者グループのお茶なのかは知らされていなかった。
色、香り、旨み、甘み、渋み、苦み、あと味、etc
それぞれについて、強く感じるか?弱く感じるか?どちらでもないか?などを5段階で評価していく。
どのお茶が一番良いか?という質問もあったが、ジャンルが異なるお茶だったので
この問いに対しては答えず、あえてどの順番で飲むべきかを記してみた。
テイスティングが終了したあとにブラインドされた4種のお茶の正体が明かされて正直なところ驚いた。
生産者グループのお茶は予想どおりBだったが、
驚いたのはAのお茶、耳なじみのある大手メーカーの煎茶だったのだ。
Bは質問されたすべての要素において強かった。
お茶の味と香りで考えられるすべてがたっぷりある感じ。まさにフルボディ。
甘みさえも渋みでマスキングされてしまうほどのたっぷり感だった。
できることは全部出し切りました!そんな心意気が伝わっていた。
いっぽうAはというと、例えるならライトボディ。
すべての要素は過不足なくあり強い主張はない。しかしバランスは絶妙だった。
「お茶」という飲み物に対して期待するものを80点ほどで表現されていた。
さすが大手メーカーだと感服した。
作り手が求める深度。
飲み手が感じる深度。
作り手にとっては持ってる力は出し切りたい。
しかしそれが飲み手とっては過剰になることだってある。
その点、大多数の飲み手を知ってる大手メーカーはその匙加減を熟知している。そんな風に感じた。
僕はどちらかと言えば、やや作り手側の人間だから作り手がより深い深度を求めたくなる気持ちはよくわかる。
でもそれが自己満足や独りよがりになっていないだろうか?
足し算だけでなく引き算もあっていい。
その方程式は探さなきゃいけない。
だからこんなテイスティングの機会が必要なのだろう。
ただ今回いただいたお茶はどれも好きだった。
AがあるからBを認識できたわけだし。甲乙をつけることは、やはりナンセンスに思う。
美味しさはけっして一つじゃない。
大多数の意見に合わせたらみんな同じになってしまうから。
だから色んな深度があっていい。
モザイクのような多様さがじつに豊かだと思うしに、それが文化なのだから。
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画像:今日の昼のテイスティング。
大多数が美味しいと感じるすべてを持っているご飯。角度を変えれば無個性。
でもいつもより余計に食べてしまう。悩むな・・・美味しさってなんだろうか?






