大久保さんの23年産は震災にはじまったと云っていい。
3月11日、橋、家、道路、電気、ガス、そして用水路も・・・。
大久保さんの住む地域全体がダメージを受けた。
そして農業はおろか、すべてが静止した。
3月15日、仲間二人がトラックで大久保さんのいる茨城へ走った。
荷台には様々な物資を積んで。
心配で夜中ツイッターでメッセージ送った。
それから一ヶ月後、大久保さんはなんとか作付けした。
電話で話したら泣けてきた。
なんとか作付けできた安堵感と半年後の不安感が入り交じった涙だった。
8月初旬に田んぼへ行った。
用水路は壊れたままで水のコントロールに苦労している様子だった。
だけど稲の姿は健康そのものだった。
秋になって実ったお米が送られてきた。
心配していた放射能の影響は皆無だった。(ヨウ素、セシウムともにND:検出されず)
思えば、たくさんの幸運がいくつも重なって今ここにこのお米がある。
もうそれだけで充分ありがたいと思っている。
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画像:8月7日 大久保さんの田んぼにて。

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