水田徘徊が好きで旅をしている。
今回もまあそんな感じだった。
けれど水田以前の時代、つまり縄文時代にあこがれる。
正しくは縄文時代というより、その時代人の生き方にあこがれている。
水田稲作は多大な富の蓄積をもたらした。
このことは今直面している問題の始まりだったんじゃないかって思うことがある。
人間の欲には際限がない。
その際限のない欲に答えてくれたのが、かつては水田稲作だったように思える。
コントロールが難しくて超インフレーションなエネルギーを種(米)に固着する植物。
打ち出の小槌的エネルギー源。
まあこちらの安全性はこの2000年で立証済みなのだけど。
水田稲作以降、基本的な人の生き方はあまり変わっていないように思える。
富の蓄積に対する欲求に純粋であることを何も疑わない感覚。
今日より明日のほうが少しでも拡大することを満足する感じ。
どこか麻薬的。
ただの縄文ノスタルジーと言われそうだな。だから三内丸山を見ようと思った。
まだ一部しか確認されてないという膨大な数の遺構遺物から
当時の人の暮らしがどんなものだったろうかとその場に立って想像してみたかった。
なにせ約2500年間もライフスタイルに大きな変化がなかったなんて信じられないから。
ボランティアガイドさんの解説を聞きながらそのひとつひとつを見て歩いた。
富の蓄積はさらに劣化しない価値を人に求めた。貨幣なんてその最たるものだ。
それでも価値が変動するから色んなモノにその価値を見出していく。
それが文明というものなのかな。
その極みみたいなモノが集積されている場所が三内丸山遺跡の道を挟んで向かいにある。美術館だ。
美術品。
言葉からして不思議に感じる。
もっとも芸術家はそんなつもりでその美術品とやらを生み出しているのではない。
出来上がったそのモノを他の誰かが評価して美術品としてカテゴライズし、その上で価値を認定しただけのこと。
芸術家と呼ばれる人は腹の底から湧き出てくるエネルギーを出力した結果が
目に見える物質として固定しただけなのだから。
功でもなければ罪でもない。ありのままそこにあるだけのことだ。
後にそれを美術品と呼んだだけのこと。
しかしだ。
芸術にいそしむことだけに専念できる人がいるというのは、やはり富の蓄積がもたらしたことの結果に違いない。
三内丸山にも質と量こそ違え富の蓄積はあっただろう。
出土品の中には芸術の匂いのするモノがあるから。
けれどそれらは現代のそれとはボクには違って見える。
そこに惹かれる。
そういうことを考えているうちに帰らなければならない時間がやってきた。
離れがたいな青森。また来よう。
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画像上:三内丸山遺跡。
画像中:青森県立美術館。2000年後これも遺跡になった時、どんな風に発掘され解釈されるのだろうか?
画像下:あおもり犬。青森出身、奈良美智さんの作品。見たかった小島一郎さんの写真も見ることができた。







