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7月5日号 ハーフデイアグリツアー水生生物観察会。
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これが目当ての参加者が多い人気の豊年えび(ホウネンエビ)。この時期数週間出現して消えていく。その卵は環境条件が整うまで長期間の乾燥にも耐える。その秘密は、卵に含まれるトレハロースにあるとのこと。今から20年近く前、この田圃が農薬と化学肥料を使用していた時代には見られなかったが、有機農法に変えた年から出現した。卵たちは、環境条件が整うまでの長い期間を耐えたことになる。その秘密がトレハロースというわけだ。

 今年から「ハーフデイアグリツアー水生生物観察会」と名前を変えたユーザー参加型のイベントを、梅雨真っ只中の7月5日(日)松下×安米プロジェクトの現場、藤枝市青南町の松下さんの田圃で行った。
参加者は過去最高の80人超。お天気も曇り時々晴れ。暑過ぎず、ゆっくりと田圃に入って観察できる好都合のコンディションだった。

 このプロジェクトを始めた当初は、こういうイベントを年に何度も行っていた。田植え、生物観察、草取り、稲刈り、収穫祭。とにもかくにも、ここ藤枝で松下という孤高の有機農業家が、魅力的な農をやっていることを、多くの人に知ってもらいたかった。そしてそこで生まれたお米の魅力を伝えたかった
今もその気持ちは何も変わっていないが、イベントが栽培スケジュールを振り回すようなことになっては本末転倒、ある年で休止することにした。
ところが昨年、アンコメに2人の新人が入社した。その中の一人、農業志向のある山田がこう云った。
「松下さんの田圃で何かイベントやらないんですか?」
私は、それまでの経緯を話した上で、「君が中心でやってみたら?ただし田植えと稲刈りは、米の品質に関わることだからNG、水生生物観察会なら子供さんも楽しめるし、松下もその時期なら、少しは余裕があると思うよ・・・」とだけアドバイスした。
こうして昨年の7月第1週に数年ぶりに水生生物観察会を開催したのだった。それが思いのほか好評だったので今年も開催する運びとなったわけだ。

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総勢80人超分の飯炊きはかなりタフだった。羽釜3つ、土鍋3つ、炊飯器3つをフル稼働。それでも足りないくらいだった。その群像をファインダー越しに見た時、こんな言葉が浮かんだ。「米喰い人」。田圃を背景に存在する彼らの存在もまた、田圃生態系の一部であることに今日ほどリアルに感じたことはなかった。

 ウェブサイトとチラシで告知しただけだったが、あっという間に参加希望者が集まった。その数83人。昨年の倍である。ここ数年、農への関心、ことに有機農業への関心が高まっていることは知っていたが、こうして目の前にこれだけの人達を見ると、それが本当だということを実感する
食を知ることで、農に興味が沸く。するとそれに関わる人に会いたくなる。ごく自然な流れである。自分が日頃食べている食材の故郷を素足で体感する。理屈はいらないのだ。すると安心とか安堵とかいう気持ちが自然に生まれる。もしかすると、現代人はそういうことに飢えているのかもしれない。
大げさなスローガンはいらないし、写真集に出てくるような美しい田園風景でなくてもいいのだ。信頼できる身近な人の身近な田圃こそ貴重なのだ。今回集まった人達にとって、この藤枝の松下さんの田圃は、そういう存在だと思うのです。

 

 

 

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ニッポンの田園風景に似つかわしくないピンクの卵は、通称ジャンボタニシ、スクミリンゴガイの卵である。南米原産で食用として輸入されたが需要が生まれずに廃棄された。その末裔たちが野生化して各地の河川や田圃で問題化している。しかしこの生命力を除草手段としての利用する技術もあるらしい。そうやっていつの間にか馴染んでいくのかもしれない。生物とは強かである。

 アンコメは将来こんな場をお客様に提供したいと考えています。ひと言で表すと「アグリツーリズム」です。日頃食べているお米が生まれる場や人に会いに行き農の場にある日常の中で数日を共に過ごすのです。
これは観光でもなければ援農でもありません。また田舎のおばあちゃんちに行く感覚とも少し違うような気がします。それは食を通じた新しいコミュニティなのかもしれません。
その第一歩がハーフデイアグリツアー水生生物観察会」です。たったハーフデイ(半日)でしたが参加された方の中に充実感があったのはそういう理由に違いありません。ただしご飯の量的充実感だけは反省すべき点が大いにありました。参加されたみなさんゴメンナサイ。来年はたっぷり炊く準備をしておきます。

 

豊かな田圃の象徴である「豊年えび」は、このアグリツアーの目玉である。しかしもっと見てほしいのが、手ですくったわずかな水の中の生命宇宙である。この中に何十、何百という数の生き物が存在する。ミクロの世界の命のやりとりの上に、豊年えびが存在し、稲が育ち米を育む。そうやって生まれた米粒を、我々は食すのだ。だから我々の体を分子レベルで見れば、この手の中に存在する生命を構成している分子が、我々というスケルトンを日々通り抜けているのだ。我々はそれぞれにアイデンティティなる意識があるようなのだが、じつに虚ろな気がする。今豊かな田圃の象徴である「豊年えび」は、このアグリツアーの目玉である。しかしもっと見てほしいのが、手ですくったわずかな水の中の生命宇宙である。この中に何十、何百という数の生き物が存在する。ミクロの世界の命のやりとりの上に、豊年えびが存在し、稲が育ち米を育む。そうやって生まれた米粒を、我々は食すのだ。だから我々の体を分子レベルで見れば、この手の中に存在する生命を構成している分子が、我々というスケルトンを日々通り抜けているのだ。我々はそれぞれにアイデンティティなる意識があるようなのだが、じつに虚ろな気がする。今、手のひらにあるそれが、将来の自分なのだから。

2009年07月05日 [ 2799hit ]
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