見る見るうちに晴れていく、天気予報では曇りのち雨だったはずなのに、朝7時半藤枝へ向かうバイパス上の空は所々青空が見え始めた。
たまたま車のCDに入っていたJames Taylorが天気と相まって気分を高揚させる。
「今日はいい日になりそうだ・・・」
参加者は約40名、予想していたよりも多いエントリーだった。その多くは若い世代のファミリー層が中心、おなかに初めての赤ちゃんのいるご夫婦の参加もあった。若い世代の間でも身近な食への関心が高まっていることをあらためて感じた。
じつは今回の企画、今年4月に入社したばかりの新人スタッフの山田が中心になって準備してきた。要するに社会人最初の大仕事ということなのだ。彼女自身もまだ知ることのない松下の有機農業、豊年エビはおろか、田圃の世界だってほとんど始めてという「ド」が付くほどのド素人、しかも釜戸と薪で飯を炊くというオプション付き。その全てを任された彼女のこの日を迎えるまでのナーバスぶりは、まあなかなかのものでありました。(山田!米を恨むな上司を恨め!)そんな彼女が、今日のこの素晴らしい日を作った原動力なのだ。(パチパチパチ)
「人は私のことを変わった農業というけれど、じつはそうじゃないんです。私の農業がふつうの農業で、他が特殊化学農業なんです・・・」
今日も冒頭から問題提起炸裂、いつもの松下節が全開で始まった。
自らのアフリカエチオピアでの青年海外協力隊時代の体験から帰国後有機農業に至るこれまでの20年、その活動の中から生まれる稲のこと、米のこと、酒のこと、そしてご飯のこと・・・・。そしてそれらを育む目の前の田圃に、なぜ様々な生き物が生息するのか、そんな話しを自らの体験を織り交ぜながら一時間掛けてゆっくり説明してくれた。それから田圃に入ってじっさいに生物の観察となった。
「まずは目が慣れるまで足元をじっと見てください。そうするとそこにあるほとんどが生き物だと気づくと思います」
長靴や裸足でジャブジャブと田圃に入り、豊年エビやおたまじゃくし、げんごろう、やご、ミズスマシ、オケラやヒルのような大型の生物を追っかけるのもいいが、畔端にしゃがんでじっと見つめるのもオススメだ。目が慣れてくると色んなものが見えてくる。そのうちにそれらが微動していることに気付くのだ。たんに浮遊する土埃のように見えていたものが、じつは膨大な量の微生物群だと気づく、片手でほんの少しだけ田圃の水をすくってみる。そのほんの数ccの液体の中がさしずめ広大な宇宙のようにも見えてくるから不思議だ。まさに神の視座という気分なのだ。
参加者が田圃で水棲生物を観察している間にアンコメスタッフは釜戸で飯を炊く。炊いたお米はもちろん松下×安米プロジェクト米のお米を3種類。ヒノヒカリ、あさひの夢、そして新品種のシークレット米だ。薪を燃料に釜戸で炊いたご飯はすべておこげ付き。
ところで、おこげご飯が美味しいのには理由がある。おこげがあるのは、釜の中すべてのお米のベータデンプンが完全にアルファ化した証拠、要するにお米がちゃんとご飯に変身した紛れもない事実としてそこにおこげがあるわけです。
やや水加減のアバウトさか?あさひの夢はやや硬めの仕上がり。練習の成果か?偶然か?最後に炊いたヒノヒカリはパーフェクト。炊き上がったばかりの二升釜に参加者が群がる姿はなかなかのものだった。
おこげご飯の絶妙な味に舌鼓を打ちながら、友人でファミリー参加してくれたKくんにこんな話しをしてみた。
「この田圃、賑やかでしょ。いや、人じゃなくて生き物の多さっていうか・・・農薬と化学肥料の田圃ではこれほどの賑やかじゃないんだよ。分かるだろ?」
「ああ、なるほどね〜気配がないって言ったらいいのかな?」とKくん。
どうやら少し離れたところにあるその手の田圃を、いつの間にか見に行って比較していたらしく間髪入れずにこんなリアクションが返ってきた。
「レイチェルカーソンの『沈黙の春』ってほどじゃないけど、まあそういう感じなんだなよ・・・」知ったかぶりしてさらにこんなことを口走ると、「まあ『北国の春』ぐらいにしてやるか・・・」と、Kくんらしいダジャレが返ってきたのだった。
そんなやりとりのせいで帰り道、「北国の春」がむしょうに聞きたくてしかたなかったが、あいにくJames Taylor以外のCDを持ち合わせていなかった。やむなく一人熱唱することにした。もちろん窓を閉め、エアコン全開であるけれど。
白樺〜青空〜南風〜
こぶし咲くあの丘 北国の
ああ 北国の春
季節が都会ではわからないだろうと
届いたおふくろの小さな包み
あのふるさとへ帰ろかな〜帰ろかな〜
お目当てはこの豊年エビ。16年前有機農業で稲作を始めたらどこに隠れていたのだろうか?大量発生した。豊かな田圃の象徴、豊年満作を予感させてくれる田圃の妖精。毎年この時期一瞬出現していつの間にか消えていく。しかし、このペットボトルのキャップほどの大きさの豊年エビが生きることを可能にする環境と食物連鎖が、この小さな田圃宇宙に奇跡的に存在することに注目しなくてはならない。「目が慣れるまでじっと目を凝らしてみて・・・目の前にあるモノすべてが生き物だということに気がつくよ・・・これを命のスープと呼ぶ理由がわかるでしょ