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長坂11月20日号 ヌーボーと新嘗祭の巻

 たしか80年代後半からだったような気がするけれど、毎年11月17日ともなるとボージョレヌーボー解禁というニュースがテレビや新聞をにぎわすようになった。下戸の僕でも誘われるまま一杯飲んだりするのだからクリスマスやバレンタインデー同様にすっかり日本人の年中行事になった。前々日、偶然にも僕が尊敬する市内にあるワイン専門店の女性経営者に話しを聞く機会があった。その話しの中で彼女はボージョレヌーボーを迎える日についてこんな風に云っていた。「この日は年に1回ワインのお祭りなんです〜16日の晩にお店に来てくださいね12時過ぎたらシャッターの向こうで飲んでいますから!」と、満面の笑顔でこの日が新酒を祝うお祭りなのだとメッセージしていた。

 その話しを聞きながら僕はハッと気がついた。それはフランスのお祭りではなくてニッポンのお祭り新嘗祭のことである。現在11月23日勤労感謝の日とその名を変え国民の休日となっている日。それは瑞穂の国、日本の新穀と新酒を祝うお祭りなのである。正確には天皇がその年の新穀と新酒を天照大神をはじめとするすべての神々に供え自らも食してその年の収穫を感謝する式典である。じつはこのお祭り、宮中だけで行われていただけでなく民衆の間にも行われたいたらしく「風土記」や「万葉集」にもその様子が書かれている。戦前には神嘗祭(10月15日)とならんで国民の休日だったので年配の方はご記憶の方もあろう。

 新嘗祭を調べてみたらボージョレヌーボーと、ある共通点があることに気が付いた。昔はその年の新米は新嘗祭が終わるまでは誰も食べないのが習慣だったというのです。要するに新嘗祭は新米解禁日だったわけなのです。まさか現代のニッポン人に「11月23日になるまで新米を食べるな!」なんていうのは無茶な話しだけどワイン専門店の彼女が満面の笑顔になるのと同じ気持ちを、昔のニッポン人は毎年11月23日新米解禁日に味わっていたわけなのです。そんな風に思うと新嘗祭の習俗が多くのニッポン人から忘れ去られてしまったことが少しもったいない気もします。国や民族は違えどほぼ同時期にその年の収穫物を食し収穫に感謝する気持ちに洋の東西はないということなのだろう。

 「それにしても・・・」と、こうも思った。自国の習俗を極東の島国にまで流布させるフランス文化解りやすさと、他国の習俗さえも自らのこととしてお祭りにしてしまうニッポン文化懐の深さにほんの少し悔しい気持ちとほんの少し誇らしい気持ちが交錯せずにはいられない。そこで今年は松下、高野両名のアンコメ米作りプロジェクト米の新米を11月23日午前0時に神棚に供え静かに新嘗のお祭り、「ひとりコメヌーボー解禁」を祝おうと思う。神棚がある人もない人もボージョレヌーボーの次はニッポンの新酒で乾杯いたしましょう。


ボージョレヌーボー解禁

伊勢神宮外宮(豊受大神宮)
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我が家の神棚。
我が家の神棚。
2005年01月27日 [ 3090hit ]
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