3月19日号 歌っている、走っている。【最終回】

2008/1/28 17:35 投稿者:  ankome

 松下とはここのところ色んな場で会う。それは大抵のお酒の席である。農繁期とその後に続く蔵人生活で、会いたくても会えない方々と様々懇談する。新年度の作付けが始まる前の今が、そんな時期というわけだ。
共に酒を飲み食事をしながら歓談する。そのうちに松下のエンジンに火が入りフルスロットルとなる。松下明弘トークショーの始まりである。
下戸の小生は日本酒を少しだけいただく。もちろん気に入った銘柄のお酒(おもに3銘柄)、もちろん地酒ですよ。そういうお酒をちびりちびりと、彼のショーを楽しみに聞いている周りの人たちを見ながら美味しいお料理と共にマイペースでやるのです。

 ところで「美味しい」とは如何に?先日も松下と、とある席でそんな話題となった。そこで私は持論を述べさせてもらった。

 「歌っている、走っている。そういうものだ」。

 楽器に例えるなら、「バイオリンの音がする、ピアノの音がする」。車で例えるなら「走る、止まる、曲がる」。もちろん食べ物で言えば、「ジャガイモの味がする。蜜柑の味がする。蕎麦の味がする」。という具合に当たり前のことが、当たり前にそこにある感じのことだ。
「しかしここで求める美味しさとは、その上で歌うように鳴るバイオリンやピアノ楽しく走る車風味あるジャガイモ芋や蕎麦のことを言う。

 離れた席にいる松下が、それをこうも表現した。それも一言で。

 「一点の曇りもない清清しさ」。

 何かにつけて彼がよく使う言葉であるけれど、そういうモノたちには、この「一点の〜」は共通する風情としてあるようにも思う。
一見、純粋で澄んだイメージであるけど、その向こう側には様々な挑戦と失敗がある。それらを微塵も感じることなく、ごく自然に感じられることが「美味しい」ということではないかと思うのだ。

 松下がこう反応した。

 「田圃の、稲の、どこをどうすれば、そういう米になるのだろう・・・」。

 その答えを、その時には導き出せなかったけれど、後日風呂に入りながら気づいたのだ。
「ありのまま」を受け入れることが、それを生む出す最善の方法、あるいはどうすることもできない少ない選択の積み重ねこそが、裏返せば「歌い走ることの原動力ではないのか?」と気づいたのです。
昨年11月のカミアカリドリーム勉強会で講師をされた、ワイングロウワー杉山氏も葡萄栽培について、このように言及していたことを思い出しました。
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〜いっぽう作業性も悪い斜面の土地、大雨が降ると植えた苗木が流れてしまうような厳しいコンディションのなかで、重い枷を背負ってその土地に生まれた人たちは、とにかく充実度の高い葡萄を育て外貨を稼げるような良いワインを作る以外、「他に生きる道はなかった」のだと思います。〜「この土地ではこうせざるを得ない・・・」というような、様々な要因、環境、品種、人の技術が密接にリンクすることによってワインに与えられる「他では得られない何か」、これがテロワールという言葉に繋がって多くの飲み手を感動に導くのではないかと僕は考えています。〜
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 気がつけば、ちょうど一年前の2008年シーズン最初の号、「3月30日号ありのまま を、伝える。」でこんなことを書いていました。
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この10年、毎月田圃通いをしているうちに、そういう確信を得た。だから、どんな場所の稲も生きようとするその姿は、すばらしく見えるのだと。そしてそのありのままを、きちんと受け入れた時、そこにはそこにしか存在しない米の味が現れるのだということを。
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 なんてことはない。一年経ってまた振り出しに戻っていた。
栽培、収穫、炊飯、そして販売・・・。その間、ずっと頭から離れないモヤモヤとしたあの感覚。生命とは稲とは米とはそして美味しさとは?一瞬解った瞬間があるいっぽう、すぐに迷う。
もしかすると、松下と私にとってのこの日々は、上がりのないエンドレスのゲーム盤なのかもしれない。そうやってまた今シーズンもサイコロを振ろうとしている。もちろん振り出しから。
今度松下と会ったら、こう言おうと思う。
「じゃあボチボチやろうか。で、どっちが最初にサイコロ振ろうか・・・」。

2008年度 )
一年間ご愛読ありがとうございました。今回でアンコメ米作りプロジェクト2008は最終回とします。次回2009年版は新たなページで再スタートします。2009年、どんな物語が始まるのか?田圃と松下と、そしてアンコメが繰り広げる米を巡る思索の旅はこれからも続いて行きます。脱線だらけの珍道中、どうぞお楽しみ!
一年間ご愛読ありがとうございました。今回でアンコメ米作りプロジェクト2008は最終回とします。次回2009年版は新たなページで再スタートします。2009年、どんな物語が始まるのか?田圃と松下と、そしてアンコメが繰り広げる米を巡る思索の旅はこれからも続いて行きます。脱線だらけの珍道中、どうぞお楽しみ!