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宿題山積その後。
宿題山積その後。

貯まっていた宿題を、ひとつひとつコツコツやっている。

先週末に長いことそのままに放ったままだったことをひとつやり遂げた。

そして月曜日にひとつ、そして今日の宿題は人に会って説明すること。

この宿題は、持ち帰って明日中にまとめるつもり。
ちょっと疲れました。車で300キロ走ったからね。
帰りに道に富士の梨農家さんに寄りました。
秋月という梨を仕入れました。

大粒で甘い梨。明日から売ることにします。15ケース。
そんなわけで、今日は少し疲れてます。早く休むことにします。
台風が接近しています。

明日はどんな日になりますやら?
お米に触れ、電話をし、お茶を飲み、ご飯を食べます。
久しい人にも会います。きっとお酒も少しいただくことでしょう。
 

2010年09月07日 [ 3389hit ]
宿題山積。
宿題山積。

 子供たちの夏の宿題も、ここからが大詰め。我が家の小学生2名も、少し焦り始めた様子である。

 いっぽうアンコメ店主も、土日で行った「カミアカリツーリズム静岡藤枝」が無事終わったこともあり、今日は少しホッとしたところではあるのだが、そうのんびりもしていられない状況である。やらねばならない宿題が子供たち以上に山積しているのだ。

 

 今週から新米の入荷(静岡森町堀内米コシヒカリ)も、いよいよ本格的化。同時にお米以外の商品企画も目白押しなのである。
 例えば明後日には、おなじみ新潟の「しろくま」から、が入荷する予定だし、先週から入荷が始まった時田なし園の富士なし(豊水)も入ってくる。
 その後は、大塚ぶどう園のぶどう(ピオーネ、瀬戸ジャイアンツ)の予約販売もある。と同時に、10月中旬から販売する丹波の黒豆枝豆(丹波黒若さや)のご予約の受付開始。あ〜そうだ。お彼岸のおはぎのご予約もはじまるんだった・・・。

 

 食べることが大好きだから、楽しんで仕事をしているから良いのだけれど、タイミング良く情報発信しないと、いくら良いものでも、ないのと同じになってしまう・・・。子供たち同様、この時期になると焦り始めるのにはこんな訳があるのだ。

 さあ明日から宿題ガンバロー!

2010年08月23日 [ 3504hit ]
栃山川散歩
栃山川散歩

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その最終回です。

 

 松下さんの田圃が、このツーリズムのゴールではありません。栃山川をさらに下り、かつての大井川の氾濫原であった頃の志太の面影を訪ね歩きます。栃山川緑地公園栃山川自然生態観察公園本中根の集落がそれらです。
 ここでは民俗学調査の仕事をされていて、勉強会メンバーでもある外立さんに解説していただきながら、この界隈を散歩していきます。

 

 ここは、かつて栃山川が蛇行して流れていた、そのままの姿で公園として保存されているたいへん珍しい場所で、昭和61年頃に河川改修工事が終わり現在の姿になりました。
 見所はたくさんありますが、「キレーショ」(旧流路と新流路の接点)はなかなか壮観です。また旧流路沿いに弧を描くように茂る雑木林は、たいへん美しい景観です。

 

 本中根の集落は専門家の解説なしでは、きっと見過ごしていまうことばかりです。しかし、そのどうってことない風景の中に、この土地ならではの遺構が満載です。
 例えば「ヤシャンボー」と呼ばれる木をご存知でしょうか?現在、この本中根でヤシャンボーが唯一存在する場所が、栃山川沿いにあります。

 

<ヤシャンボーについて>
 かつて大井川下流では広くヤシャンボーが茂る風景が見られました。ヤシャンボーは土手の崩落を防ぐためや、薪にするため、潮風を防ぐためなど多目的に植えられました。またヤシャンボーの間に竹をかけてそれらを横木とし、稲をかけて干すハンデに利用されたり、牛をつないだり、休憩の場でもありました。また古くは、女性のお歯黒を塗るとき、ヤシャンボーの実を噛みながら行ったという話しもあります。
 そんなヤシャンボーの木も、昭和30年代の土地改良によって水田や道路が整えられたり電気やガスの普及によって薪の必要性もなくなったことで、その姿を消していきました。

 

 こんな風に、長い時間をかけて大井川が作った扇状地、志太平野には、時代と共に人が生きるために水と関わった多くの遺産がたくさんあります。現在、その風景はすっかり姿を変えましたが、水と関わる人の歴史は今も現在進行形です。
 今回のカミアカリツーリズム静岡藤枝では、それらを実際に見て歩くことで、時空を越えて体感してもらうように準備をしました。
 いよいよ明日、JR六合駅からこの旅は始まります。

 

参考文献:焼津市民俗調査報告書 第四集

 

画像上:栃山川の現在の流路。右手が森が旧流路。

画像下:夕刻のヤシャンボー。
 

2010年08月20日 [ 3884hit ]
松下圃場
松下圃場

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その7です。

 

 栃山川頭首工を見学した後はいよいよ巨大胚芽米カミアカリが育っている姿を見に松下さんの田圃へ行きます。
 かつて一面の水田だった志太平野は、その中央に新幹線と東名高速道路が走る頃から、その様相をすっかり変えました。その後80年代以降には、静岡市のベットタウンとして田畑が住宅地に姿を変わり、交通の大動脈に隣接するところでは工場に変わり、発電所からやってくる高圧電線が張り巡らされていきました。
 大井川の水も、田畑を潤す役目と共に工場用水の役も果たしていきました。志太平野は経済成長するニッポンそのものの変化をそのまま受け入れてきたと言っても過言でないでしょう。

 

 その中に松下圃場はあります。松下さんが栽培する田圃の中には、そんな住宅や工場に隣接して窮屈そうに見えるところがいくつかあります。表層的に見れば変化し昔の面影はありません。しかしこの土地が持つ基本的な部分は、昔と何も変わっていないと、松下さんは云います。その連綿と続く歴史の上にカミアカリは生まれたのでした。

 現代のありのままを受け入れながら、その中で繰り広げられている農を、松下さん自身に解説していただきます。岡部ゆとり庵さんのカミアカリ弁当をいただきながら。

 

画像上:カミアカリ圃場

画像下:イトミミズが生む大量のトロトロ層

2010年08月19日 [ 3431hit ]
栃山川のはじまり
栃山川のはじまり

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その6です。

 

 この地域の田圃を潤しているのは川口取水工から始まる大井川用水路であることは、すでにお分かりいただけたと思います。そしてツーリズムは、ついにカミアカリが生まれた松下さんの田圃に運ばれる水の起点を訪ねることになります。それが栃山川頭首工です。
 

 ここを基点として駿河湾まで総延長37キロ、もともとは古代の大井川の流路でもあったそうです。現在は改修工事が行われ、木屋川と並んでこの地域の用水路としても機能しています。栃山川や木屋川は、志太平野の中では、エピソードも多いたいへん歴史が深い川です。それらを調査している方たちにとって、栃山川頭首工を訪ねるのは感慨深いものがあります。このどうってことないように見える風景の中に、長〜い長〜い歴史あるんですよ。

2010年08月18日 [ 3583hit ]
明治維新と橋。
明治維新と橋。

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その5です。

 

 牧之原開拓の祖、中條景昭(ちゅうじょうかげあき)像のある記念公園からは対岸の島田藤枝側まで徒歩で川を渡ります。
 現在、大井川にかかる橋はいくつもありますが、その中でももっとも有名なのは、やはりこの蓬莱橋。世界一長い木造歩道橋(897.4m)としてギネスブックにも認定されています。
 じつはこの橋、明治12年牧之原開拓を簡便にするために作られました。明治維新によって旧幕臣の失業、川越制度の崩壊に伴い島田金谷両宿の川越人足の失業など大量の失業者の雇用を牧之原開拓が担ったというわけです。蓬莱橋はその開拓事業のための重要なインフラ整備だったのです。今は静かに佇んでいる風情のある橋ですが、歩きながら往時を想像してみたいものです。

 

画像:東岸から西岸を望む。橋の向こう側が牧之原台地である。

2010年08月17日 [ 3667hit ]
大井川扇状地を望む。
大井川扇状地を望む。

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その4です。

 

 大井川の西岸には、有名な牧之原大茶園があります。その高台から駿河湾にまで広がる大井川扇状地を一望することができます。訪ねるのは、牧之原開拓の祖、中條景昭(ちゅうじょうかげあき)像のある記念公園です。
 じつはこの大茶園を潤す水もまた、川口取水工からやってくる大井川の水なのです。かつては旅人を足止めさせ、平野を縦横無尽に暴れ被害をもたらした大井川、今はこの地域にとってなくてはならない命の源となっているのです。

 

画像上:茶畑の下に広がる平野が大井川の扇状地。奥に見えるのは静岡と焼津藤枝を分かつ山、高草山。

画像下:中条景昭立像。大政奉還後の幕臣たちを率いて、この地を開墾した立役者。最後の将軍、徳川慶喜公の家臣である。

2010年08月16日 [ 4387hit ]
水の橋
水の橋

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その3です。

 

 ツーリズム2日目は、いよいよ松下さんのカミアカリが育つ志太平野を潤す水が、どこからやってくるのかを訪ねる旅です。
 日本を代表する大井川用水の起点となる中流域、川口取水工を訪ねた後は、「大井川水路橋」です。この手前で用水は分水されたあと、一方は東部方面の志太平野へ、一方はこの橋を渡って、西部方面小笠菊川地域へ運ばれるのです。
 川の上を川が渡っていく水の橋。人間の英知の結晶のように見えます。その上を今日も通勤通学の地元の方が行き来しています。
 

2010年08月16日 [ 4076hit ]
これは何?
これは何?

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。その2です。
 
 伊勢神宮の出張所、大井川の川止めで足止めされた人々の代参地でもあった岩田神社を後にし、徒歩で東海道を東へ行くと次に向かうのが千貫堤・瀬戸染飯伝承館です。
 画像を見てもそれが何なのかきっと判らないでしょう。これはかつての堤、千貫堤という名の堤防です。江戸時代の寛永年間に大井川の氾濫から村々を守るために築かれたものです。現在はそのほんの一部しか現存していませんが、資料館がかつての堤の上に建てられ、それらを今に伝えています。
 

2010年08月12日 [ 4155hit ]
これが面白い。
これが面白い。

 8月21日と22日にカミアカリツーリズム静岡藤枝で訪ねる場所を少しだけ教えちゃいましょう。
 

 初日の序盤、岩田神社に参拝します。このどこにでもあるように見える旧東海道沿いにある小さな神社の祭神は、なんと天照大神豊受大神なんです。要するに伊勢神宮の出張所みたいなところなんです。
 なぜこの場所に出張所があるのか?解説によれば、伊勢神宮参拝の往路に大井川の川止めで足止めされた人々が、この岩田神社で代参を済ませて帰郷したというのです。
 「越すに越されぬ大井川」という言葉どおり激流の大井川の厳しさを思い出すと同時に、一大決心をして伊勢参りに望んだ旅人に、代参というもう一つの選択をちゃんと用意するあたりが、いかにもニッポン的発想だと思いませんか。こういうあまりストイックになり過ぎないところ、魅力に感じます。
 

2010年08月11日 [ 4424hit ]
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