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神嘗祭
神嘗祭

 

今日から神嘗祭。
伊勢神宮ではその年に取れた新穀(新米)を神様に捧げ収穫の無事を感謝するお祭りが行われています。

 

外宮では10月15日宵と16日暁、
内宮では10月16日宵と17日暁

 

何年か前このお祭りに参加したことがありました。
宵の儀式では「松明の灯り」のもとで執り行われるのですが、その荘厳さに圧倒されたことを今でも忘れられません。
稲の種子、米がこの島国に住む民の糧であること、
かつて稲が生み出すありとあらゆるモノとコトが、この島国の文化文明を創造してきたこと、
それを体で感じ瞬間でした。

 

ちょうど今日、神嘗祭の初日に松下さんのお米(にこまる)が入荷しました。
全部で40俵(2400キロ)を、松下さんとアンコメスタッフで倉庫に丁寧に手積みしました。

 

松下さんのフルネームは松下明弘、
姓から一文字「松」
名から一文字「明」

 

松明。

 

もうおわかりですね。
松下さんがお米を積んでアンコメにやってくる。
それはアンコメにとっての神嘗祭なんですね。

松下さんもこれで24年産の稲作は無事完了。
バトンはアンコメに渡されたというわです。

 

今宵は24年産の収穫の無事を感謝します。
おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。


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2012年10月15日 [ 3169hit ]
美しすぎる石積み
美しすぎる石積み
 
 
休みの日、鉄道で井川へ。
駅を降りたら、てくてく散歩。
集落を抜け茶畑抜けたら吊り橋発見。
向こう岸へ行ってみたら、美しい石垣の段々畑出現。
野良仕事中の方に訊ねる。
 
かつてのここは棚田だったそうだ。
それにして美し過ぎる。
扇積み。という技法らしい。
石が丸いから、ここからかなり下ったところの河原から、もっこで担いで運んだのだろう。
 
天空に近いこの場所に、意匠的にも美しい石積み。
反収はどれくらいだっただろうか?
平野部の七掛け?それとも半分?少しでも収量を増やしたい。
だからこそ水を溜め太陽熱で暖めたい。
水を漏らさぬ水田にするために懸命にしていたら美しくなっていた。
喰って生きるための弛まぬ時間って凄い。
 
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2012年10月10日 [ 2983hit ]
さっき入荷、松下×安米あさひの夢。
さっき入荷、松下×安米あさひの夢。

 

 

10月というのに夏のような暑さ。
でも、どこからか金木犀の香り。

 

午後一番、あさひの夢、25俵入荷。
今年で12年目。松下×安米プロジェクト米。

 

じつは今日の昼、昨日預かったサンプル米(白米)を試食した。
想像以上にやわらかく、食感も滑らか。
収量が少ない分、出来はいいとは想像していた。
それでも安堵するね。

 

12回目の安堵。
おまたせしました。
明日から販売スタートです。

 

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松下×安米あさひの夢のご注文はコチラ

2012年10月02日 [ 3288hit ]
台風一過。
台風一過。
 
心配はしてなかった。
被害はないよ〜。とのメールはもらっている。
それでも自分の目で見ないと気の済まない性分。
クルマで45分、田んぼへ走る。
 
もちろん被害はない。
それどころか見事な色合い。
青空に映えるね。
 
暑い。気温30度。
稲刈りは13日。
もうじき黄金色に輝く。
 
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2012年10月01日 [ 3249hit ]
24 25 26
24 25 26

 

 

 

待ちに待った秋の到来。


心地よい空気。


高い空。


暑くなく寒くない日々。


 

 

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画像上:24日
画像中:25日
画像後:26日

 

2012年09月26日 [ 3381hit ]
旅先は弥生。
旅先は弥生。
 
 
土曜日はソロのスイハニングミッションを行った。
いや正確にはスイハニングではない。
前炊飯時代へのタイムトリップしてのミッションだった。
 
旅先は直線距離でたった5キロ程度だが、2000年以上も前の弥生時代。
人口約70人の登呂村。
 
羽釜はおろか愛用の土鍋さえ持って行けない。
あるのは現代人が台付甕型土器なんて野暮な言い方をする素焼きの土器。
それが4つ用意されていた。
 
時間旅行までして現場で何をすべきか?
ここ2週間、腰の不調に耐えながら考えた。
なかなかすっきりとしたアイデアが浮かばないで悶々としていたら
アイデアの断片がいつの間にか目の前に現れた。
 
断片1:根昆布
断片2:塩鰹
断片3:軍鶏
断片4:蓋
 
ただの再現では時間旅行する意味がない。
かと言って「現代はこうですよ・・・」なんて上から目線はぜんぜん違う。
弥生に持って行っても違和感のない素材とアイデア。
手の込んだ調理はぜず、運転は土器に任せ腹で考えながら行き先、落としどころを探ってみた。
 
 
1号・2号甕
混合分づき米(静岡森町堀内米キヌヒカリ:3〜7分)をひたすら煮る。
米が硬ければ水を足してまた薪をくべる。
いっぽうには、西伊豆田子の「塩鰹」を、
もういっぽうには、真昆布の根昆布(白口)を放り込みひらすら煮た。
 
3号甕
水に軍鶏と生姜を入れひたすら煮た。
その間に、かつおぶし、塩かつお、酒、醤油を適当に加える。
次に巨大胚芽米カミアカリ(静岡松下カミアカリ24年産)を放り込み、さらに煮る。
カミアカリの食感がええ感じになるか?ならないか?は個々がお腹と相談してから喰う。
カミアカリの軍鶏スープ煮@登呂村ver。
 
 
手応えを感じた。
 
旨いものは絶対的に旨いと感じる。
誰が何を担うか?そんな役割なんて必要ない。
作りたい人が作り、食べたい人が食べる。ただそれだけ。
食べる作法や時間のルールもない。
むしろ食べながら口中でその頃合いを感じながら過ごすこと。
それが、すなわち生きること。
 
人は食べて生きてることで充分にその役割と使命を果たしている。
そんな思いが深くなった。
 
 
この旅はこれからもまだ続きます。
乞うご期待。
 
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2012年09月23日 [ 4141hit ]
登呂のええ感じ。
登呂のええ感じ。

 

 

弥生時代の遺跡、登呂遺跡から出土した土器、台付甕型土器。
そのレプリカを美術家で陶芸作家の本原玲子さんが作った。
ぼくはそのひとつを借り実験をはじめた。

 

一般的には・・・、
登呂村の人々はこの土器を使い米を「炊いていた・・・」。と説明される。
しかし、この時代にはまだ「炊く」はない。

 

「炊く」とは、煮る、蒸す、焼くを連続的に行う複合加熱のことをいい、この技術が生まれるのは江戸の中期とされる。

登呂の人々は、この蓋のないこの土器でどんな風に米を調理していたか?
僕は単純に米と水を甕に入れ、煮詰めていき、かた粥の状態にして食べていた・・・と想像した。
じっさい登呂遺跡の復元住居で行われている再現調理でも煮詰めていく方法を見学者に披露していた。
つまり僕も、きっとそんな風であると実験前までは思っていた。

 

しかし実験してみて、「ん?」と感じた。
つまり僕は、「教科書的な答えを知りたいわけじゃない!」ってことに気づいたのだ。
それにこういう答えの出し方、考え方は、現代人的「ええ感じ」と、弥生人的「ええ感じ」を、同じ価値観上(ルート上)の

今昔で考えているような気がしてならないしと思えた。

それに、どこか上から目線な気がしたのだ。

それが違和感みたいなものとしての「ん?」だった。

 

弥生人の「ええ感じ」はぜんぜん違うところにあるんじゃないか?
だとすれば、ここはひとつ学術的な根拠なんてなんにもないけれど、

大昔、静岡市駿河区登呂村に住んでいた大先輩の「ええ感じ」を探しに行く、教えてもらう気持ちを胸に、

この土器と付き合っていきたいと思っている。

 

はてさてどんな景色が見えてくるやら・・・。
続きはボチボチと。

 

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画像上:

棚田のイベントでごはん炊きをしたあとで、はじめて使ってみた。できたのはなんとリゾ。きもちアルデンテ。つまり炊飯的に言うところの早切れ。デンプンのアルファ化だけが答えじゃないはずだ!に気づく。
画像中:

台付甕型土器レプリカ。美術家で陶芸作家の本原玲子さん製作。
画像下:

表面に付いた煤がとても美しい。きっと使うことでどんどん美しくなっていく。道具としてのパーソナリティもどんどん出そうだ。

 

2012年09月10日 [ 4585hit ]
たぶん14時から15時。
たぶん14時から15時。

 

 

歯磨きをしに裏庭へ。
昨日とはどことなく違う。
こんなに暑いけど日差しは秋。

 


新米が獲れはじめた。

 


去年の今頃は震災後の最初の新米だったから、いろんなことを考えすぎた。
それが仕事だと思い、いろんな可能性を想像し準備をしたつもりでいた。
今にして思えば、できないのに逆立ちしたようなものだった。
つまり、慌てた。


今年はその反省を踏まえ慌てずじっくりやる、いつものスタイルでいこうと思っている。
それでも慌ててしまいそうな気がするのだけど・・・。
しばらくは先頭バッター静岡森町の堀内さんの新米を軸に
少しづつゲームを組み立てをいこうと思っている。

 


慌てそうな時は昼寝もありかな。
それにしても今日は暑い。

 


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細野さん 三時の子守唄
 

2012年09月07日 [ 3117hit ]
東北ロード1700キロ 8月8日〜9日 喜多方菅井さんの田んぼ
東北ロード1700キロ 8月8日〜9日 喜多方菅井さんの田んぼ

 

 

到着後、すぐに田んぼへ。
カミアカリの田んぼ。去年と同じ薄暮の時間。
去年は松下さんと一緒だった。
泣きたくなるほど美しい田んぼ風景だったことを思い出す。

 

中村くんには旅の始まりからこの田んぼの話をしていた。
旅の最後に見てもらいたかった田んぼ。
80年代から有機無農薬で栽培を続けている。
有機農法稲作の見本のような風景。
有機だから・・・無農薬だから・・・といういい訳はない。
この土地の風土(日照、地力、人が関われる時間と技)の中でできることを、きちんとやる。
簡単に言うと、ただそれだけ。
口で言うのと、やるとでは大違い。
それを菅井さんは粛々やっている。


葉色はこの時期としては明るい。
やや燃料(窒素分)が少ない感じ。
それでも穂肥はやらない。元肥だけで最後まで行く。
ゆえに量は獲れない。
けれども、食べ過ぎメタボ稲よりも、腹八分目で育った稲、締まった稲、その米の充実度は想像できよう。

 

― 今年も量は獲れないですよ・・・と菅井さん。

 

携帯で藤枝の松下さんへ稲の画像を送ると、即座に返事が返ってきた。

 

― ウオ〜ッ!今年も切れておりますな。最高!!菅井さんにお伝えください・・・。

 

 

 

4日間走った東北ロード、中村くんにとってこの4日間はどんな時間だっただろうか?
毎日毎日、見る田んぼ見る田んぼ、まったく異なるその姿、いい学びの時間になっただろうか?
南伊豆に帰りこれからどんな取り組みをしていくのだろうか?
収穫する米にその取り組みがどんな風に反映されるだろうか?
楽しみは尽きない。

 

そうだ、収穫の頃にまた南伊豆にも行かなきゃな。

 

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画像上:2反かまちが手前と向こう側に一枚づつ、それが川上から4段。すべてが揃ってる。
画像中:こちらはコシヒカリ。
画像下:田中の桐の木。木陰でしばし涼む。大好きな場所。

 

 

 

 

2012年08月30日 [ 3303hit ]
東北ロード1700キロ 8月8日 山形遊佐から福島喜多方へ。
東北ロード1700キロ 8月8日 山形遊佐から福島喜多方へ。
 
 
次の目的地を目指す前に見ておきたい場所があったので海岸へ。
釜磯海水浴場。
ここの砂浜には鳥海山の湧水がある。
砂の中から湧き出る真水。
そのとても不思議な光景は話しには聞いていたが実際に見て触れてみるまで信じられなかった。
 
 
離れがたい遊佐に別れを告げ次の目的地、菅井さんの待つ福島県会津喜多方市熱塩加納町へ。
山形内陸地方を行く。
途中、肉そばを食べるために大石田へ寄ったり、
強烈な睡魔に襲われ村山の道の駅で昼寝したり・・・。
生チョコ付きのカプチーノ旨かったな・・・
 
米沢を抜け、大峠を越え、熱塩加納町に到着したのは夕方5時過ぎだった。
夕日の美しい時間。
早速田んぼへ行った。
 
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画像上:今回の旅で印象深く網膜に残っている光景のひとつ。釜磯海水浴場へ至る道にて。
画像中:砂の中から湧く冷たい湧水でスイカを冷やす。黒く見える砂は砂鉄。
画像下:ひまわりの巨大迷路。道の駅「むらやま」にて。
 
2012年08月29日 [ 3223hit ]
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