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待ちに待った秋の到来。


心地よい空気。


高い空。


暑くなく寒くない日々。


 

 

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画像上:24日
画像中:25日
画像後:26日

 

2012年09月26日 [ 3094hit ]
旅先は弥生。
旅先は弥生。
 
 
土曜日はソロのスイハニングミッションを行った。
いや正確にはスイハニングではない。
前炊飯時代へのタイムトリップしてのミッションだった。
 
旅先は直線距離でたった5キロ程度だが、2000年以上も前の弥生時代。
人口約70人の登呂村。
 
羽釜はおろか愛用の土鍋さえ持って行けない。
あるのは現代人が台付甕型土器なんて野暮な言い方をする素焼きの土器。
それが4つ用意されていた。
 
時間旅行までして現場で何をすべきか?
ここ2週間、腰の不調に耐えながら考えた。
なかなかすっきりとしたアイデアが浮かばないで悶々としていたら
アイデアの断片がいつの間にか目の前に現れた。
 
断片1:根昆布
断片2:塩鰹
断片3:軍鶏
断片4:蓋
 
ただの再現では時間旅行する意味がない。
かと言って「現代はこうですよ・・・」なんて上から目線はぜんぜん違う。
弥生に持って行っても違和感のない素材とアイデア。
手の込んだ調理はぜず、運転は土器に任せ腹で考えながら行き先、落としどころを探ってみた。
 
 
1号・2号甕
混合分づき米(静岡森町堀内米キヌヒカリ:3〜7分)をひたすら煮る。
米が硬ければ水を足してまた薪をくべる。
いっぽうには、西伊豆田子の「塩鰹」を、
もういっぽうには、真昆布の根昆布(白口)を放り込みひらすら煮た。
 
3号甕
水に軍鶏と生姜を入れひたすら煮た。
その間に、かつおぶし、塩かつお、酒、醤油を適当に加える。
次に巨大胚芽米カミアカリ(静岡松下カミアカリ24年産)を放り込み、さらに煮る。
カミアカリの食感がええ感じになるか?ならないか?は個々がお腹と相談してから喰う。
カミアカリの軍鶏スープ煮@登呂村ver。
 
 
手応えを感じた。
 
旨いものは絶対的に旨いと感じる。
誰が何を担うか?そんな役割なんて必要ない。
作りたい人が作り、食べたい人が食べる。ただそれだけ。
食べる作法や時間のルールもない。
むしろ食べながら口中でその頃合いを感じながら過ごすこと。
それが、すなわち生きること。
 
人は食べて生きてることで充分にその役割と使命を果たしている。
そんな思いが深くなった。
 
 
この旅はこれからもまだ続きます。
乞うご期待。
 
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2012年09月23日 [ 3717hit ]
登呂のええ感じ。
登呂のええ感じ。

 

 

弥生時代の遺跡、登呂遺跡から出土した土器、台付甕型土器。
そのレプリカを美術家で陶芸作家の本原玲子さんが作った。
ぼくはそのひとつを借り実験をはじめた。

 

一般的には・・・、
登呂村の人々はこの土器を使い米を「炊いていた・・・」。と説明される。
しかし、この時代にはまだ「炊く」はない。

 

「炊く」とは、煮る、蒸す、焼くを連続的に行う複合加熱のことをいい、この技術が生まれるのは江戸の中期とされる。

登呂の人々は、この蓋のないこの土器でどんな風に米を調理していたか?
僕は単純に米と水を甕に入れ、煮詰めていき、かた粥の状態にして食べていた・・・と想像した。
じっさい登呂遺跡の復元住居で行われている再現調理でも煮詰めていく方法を見学者に披露していた。
つまり僕も、きっとそんな風であると実験前までは思っていた。

 

しかし実験してみて、「ん?」と感じた。
つまり僕は、「教科書的な答えを知りたいわけじゃない!」ってことに気づいたのだ。
それにこういう答えの出し方、考え方は、現代人的「ええ感じ」と、弥生人的「ええ感じ」を、同じ価値観上(ルート上)の

今昔で考えているような気がしてならないしと思えた。

それに、どこか上から目線な気がしたのだ。

それが違和感みたいなものとしての「ん?」だった。

 

弥生人の「ええ感じ」はぜんぜん違うところにあるんじゃないか?
だとすれば、ここはひとつ学術的な根拠なんてなんにもないけれど、

大昔、静岡市駿河区登呂村に住んでいた大先輩の「ええ感じ」を探しに行く、教えてもらう気持ちを胸に、

この土器と付き合っていきたいと思っている。

 

はてさてどんな景色が見えてくるやら・・・。
続きはボチボチと。

 

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画像上:

棚田のイベントでごはん炊きをしたあとで、はじめて使ってみた。できたのはなんとリゾ。きもちアルデンテ。つまり炊飯的に言うところの早切れ。デンプンのアルファ化だけが答えじゃないはずだ!に気づく。
画像中:

台付甕型土器レプリカ。美術家で陶芸作家の本原玲子さん製作。
画像下:

表面に付いた煤がとても美しい。きっと使うことでどんどん美しくなっていく。道具としてのパーソナリティもどんどん出そうだ。

 

2012年09月10日 [ 4249hit ]
たぶん14時から15時。
たぶん14時から15時。

 

 

歯磨きをしに裏庭へ。
昨日とはどことなく違う。
こんなに暑いけど日差しは秋。

 


新米が獲れはじめた。

 


去年の今頃は震災後の最初の新米だったから、いろんなことを考えすぎた。
それが仕事だと思い、いろんな可能性を想像し準備をしたつもりでいた。
今にして思えば、できないのに逆立ちしたようなものだった。
つまり、慌てた。


今年はその反省を踏まえ慌てずじっくりやる、いつものスタイルでいこうと思っている。
それでも慌ててしまいそうな気がするのだけど・・・。
しばらくは先頭バッター静岡森町の堀内さんの新米を軸に
少しづつゲームを組み立てをいこうと思っている。

 


慌てそうな時は昼寝もありかな。
それにしても今日は暑い。

 


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細野さん 三時の子守唄
 

2012年09月07日 [ 2752hit ]
東北ロード1700キロ 8月8日〜9日 喜多方菅井さんの田んぼ
東北ロード1700キロ 8月8日〜9日 喜多方菅井さんの田んぼ

 

 

到着後、すぐに田んぼへ。
カミアカリの田んぼ。去年と同じ薄暮の時間。
去年は松下さんと一緒だった。
泣きたくなるほど美しい田んぼ風景だったことを思い出す。

 

中村くんには旅の始まりからこの田んぼの話をしていた。
旅の最後に見てもらいたかった田んぼ。
80年代から有機無農薬で栽培を続けている。
有機農法稲作の見本のような風景。
有機だから・・・無農薬だから・・・といういい訳はない。
この土地の風土(日照、地力、人が関われる時間と技)の中でできることを、きちんとやる。
簡単に言うと、ただそれだけ。
口で言うのと、やるとでは大違い。
それを菅井さんは粛々やっている。


葉色はこの時期としては明るい。
やや燃料(窒素分)が少ない感じ。
それでも穂肥はやらない。元肥だけで最後まで行く。
ゆえに量は獲れない。
けれども、食べ過ぎメタボ稲よりも、腹八分目で育った稲、締まった稲、その米の充実度は想像できよう。

 

― 今年も量は獲れないですよ・・・と菅井さん。

 

携帯で藤枝の松下さんへ稲の画像を送ると、即座に返事が返ってきた。

 

― ウオ〜ッ!今年も切れておりますな。最高!!菅井さんにお伝えください・・・。

 

 

 

4日間走った東北ロード、中村くんにとってこの4日間はどんな時間だっただろうか?
毎日毎日、見る田んぼ見る田んぼ、まったく異なるその姿、いい学びの時間になっただろうか?
南伊豆に帰りこれからどんな取り組みをしていくのだろうか?
収穫する米にその取り組みがどんな風に反映されるだろうか?
楽しみは尽きない。

 

そうだ、収穫の頃にまた南伊豆にも行かなきゃな。

 

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画像上:2反かまちが手前と向こう側に一枚づつ、それが川上から4段。すべてが揃ってる。
画像中:こちらはコシヒカリ。
画像下:田中の桐の木。木陰でしばし涼む。大好きな場所。

 

 

 

 

2012年08月30日 [ 2931hit ]
東北ロード1700キロ 8月8日 山形遊佐から福島喜多方へ。
東北ロード1700キロ 8月8日 山形遊佐から福島喜多方へ。
 
 
次の目的地を目指す前に見ておきたい場所があったので海岸へ。
釜磯海水浴場。
ここの砂浜には鳥海山の湧水がある。
砂の中から湧き出る真水。
そのとても不思議な光景は話しには聞いていたが実際に見て触れてみるまで信じられなかった。
 
 
離れがたい遊佐に別れを告げ次の目的地、菅井さんの待つ福島県会津喜多方市熱塩加納町へ。
山形内陸地方を行く。
途中、肉そばを食べるために大石田へ寄ったり、
強烈な睡魔に襲われ村山の道の駅で昼寝したり・・・。
生チョコ付きのカプチーノ旨かったな・・・
 
米沢を抜け、大峠を越え、熱塩加納町に到着したのは夕方5時過ぎだった。
夕日の美しい時間。
早速田んぼへ行った。
 
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画像上:今回の旅で印象深く網膜に残っている光景のひとつ。釜磯海水浴場へ至る道にて。
画像中:砂の中から湧く冷たい湧水でスイカを冷やす。黒く見える砂は砂鉄。
画像下:ひまわりの巨大迷路。道の駅「むらやま」にて。
 
2012年08月29日 [ 2893hit ]
東北ロード1700キロ 8月7日 遊佐齋藤さんの棚田
東北ロード1700キロ 8月7日 遊佐齋藤さんの棚田

 

 

国道7号線を鶴岡から酒田へ北上。
鳥海山が間近に見える頃、そこが齋藤さんの田んぼのある遊佐町。
といっても齋藤さんの田んぼは平野部ではない。
山麓に広がる棚田地帯、その最上階に目指す田んぼはある。

 

標高150m、日本海を望む広大なロケーション。
気温28度、日差しは強いが海からの風が心地いい。
ここは全国でたった4ヶ所しかない巨大胚芽米カミアカリの最北端の田んぼ。


田植え前後の頃、低温が続いたことで稲の姿は小ぶり。この段階での葉色も良く健康に育っている。
― それでもここまでよく育ってくれた・・・。
と、齋藤さん。

 

標高が高いこと、良質であるけれど水温の低い鳥海山の湧水が水源であること・・・
稲の生長には厳しい条件ばかり・・・平野部のような豊富な収量は望むことはできない。
しかし夏の夜温は低いから品質に悪影響を与える高温障害はけっしてない。
良いことだってちゃんとある。
たしかに相対的に見れば厳しい条件には違いはない。
しかしそういう厳しい条件だからこそ生まれる何かがある。

ここの米(カミアカリ)食べたある人が、こんな風に表現したことがあった。
― 絞まった米、モザイクのような多様な風味がある・・・。
その年の品質はけっして良好ではなかったが不思議な風味を醸していた記憶がある。

 


こういう田んぼを訪ねる時、「好条件」ってなんだろう?と思うことがある。
もちろん気候のこと、土壌のこと、水のこと、地域のこと、人のこと・・・
ありとあらゆる要素の中で「良きこと」に恵まれることが好条件なのだろう。
しかし、そのあらゆることに背を向けず、目の前のことをコツコツやっている齋藤さんのような人を見る時、
好条件とは自ら作るもの・・・と気づかされる。

 


それにしても気持ちのいい風が絶え間なく吹いている。
僕は先輩面して中村くんこう言った。

― ここは今回の田んぼ旅の、たぶんハイライトだぜ。

 

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画像上:標高150m 鳥海山麓の裾野、大棚田地帯の最上階。遠くに日本海が見える。
画像中:戦時中に作られたというため池。鳥海山麓の湧水をここで太陽熱で温め用水路へ供給している。
画像下:ため池の上流、湧水の源流を訪ね原生林を行く。

 

2012年08月23日 [ 3176hit ]
東北ロード1700キロ 8月7日 山北の山田 
東北ロード1700キロ 8月7日 山北の山田 

 

 

早朝から移動また移動でさすがに疲れ果て新潟三条で宿泊。
翌日は8時出発、山形県庄内地方を目指す。
ここからは旅のハイライトともいえる風景の連続となる。
国道345号線。笹川流れ。日本海を望む絶景が連続する景勝地だ。
もうすぐ山形という県境、新潟の山北(さんぽく)で養鶏を営む知人Tさんを訪ねた。

 

Tさんは全国的にも有名な養鶏家で全国にその卵のファンも多いと聞く。
その活動っぷりが先進的なことから地域農業のリーダー的存在でもある。
そんな関係から、昨年Tさんが関わりのある稲作生産者の田んぼを見学させてもらった。
その時見た稲の姿の良さがとても印象的だったので、
今回も中村くんにもその稲を見てもらおうと思い訪ねてみた。

 

栽培方法は農薬や化学肥料も使ういわゆる慣行栽培。
中村くんが行う有機や減農薬ではないけれど、田んぼの仕立てや稲の生長具合は一見の価値がある。
Tさんによれば反収はどんなに頑張っても7俵(玄米420キロ)
日照時間が少ないことと、山から直接入る冷たい湧水。
大柄でない稲の姿は楚々としていい。
葉色は美しく、ただ一言、「キレてるな〜」と呟くばかり・・・。


しばらくその山田を眺めているうちにお腹がすいてきた。
クルマの燃料計もEmpty。
昼ごはんは庄内かな。

 

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画像上:笹川流れ
画像中:笹川流れ、南伊豆の中村くんには海が似合う。
画像下:山北の山田。ここも傾畦にきちんと手が入っている。とても気持ちいい。

 

 

 

 

2012年08月22日 [ 2751hit ]
東北ロード1700キロ 8月6日 新潟県加茂市知野さんの田んぼ
東北ロード1700キロ 8月6日 新潟県加茂市知野さんの田んぼ
 
 
十日町市中里を出て関越自動車道を北上、加茂市を目指す。
しろくまコシヒカリでおなじみ、新潟しろくま会特別栽培米研究会を訪ねる。
 
田んぼではこの会の中心的存在である知野さんが待っていてくれた。
ここを毎年訪ねるようになってから知野さんに会う時はいつもここの田んぼだ。
知野さんは稲作だけでなく桃などの果実の栽培も手がけている。
じつは稲作の肥料設計にはこの果実栽培で培ってきたノウハウがそのまま活かされている。
使用する有機肥料も元来は梨や桃の玉を大きくし甘みを増すために使っていたものを米に応用したもの。
これが新潟しろくま会特別栽培米研究会の稲作の「らしさ」なのだ。
 
さっそく中村くんが知野さんに質問をはじめる。
施肥のこと、とくに窒素以外のミネラルなどの微量要素について。
どのミネラルがどんな役割を果たしているのか?
まるで試験管の中で実験している化学反応、その出来事ひとつひとつを延々と話しをしている。
知野さんをはじめとするこの会の稲作とはこのような緻密な実験とそこで得たデータの集積が身上と言える。
 
 
田んぼと、どう関わるか?どう見るか?
これは生産者ごといろいろあるし、正解は一つではない。
とくに有機肥料を主体とした栽培方法を選んだ生産者の中には様々な考え方や関わり方に人数分のタイプがある。
つまり、ひとりひとりに思いや哲学、それに生活があるのだ。
ここがわかると稲作とは米とはとても面白い世界なのだ。
 
 
西に日本海。
東に越後山脈。
その間に広がる大蒲原平野の一角、
今日はようやく涼しくなったよ・・・と、知野さん。
心地よい風に吹かれながら、田んぼの薄暮をゆっくりと過ごした。
 
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画像上:大蒲原平野。
画像中:知野さんのコシヒカリ。出穂がはじまったばかり。
画像下:知野さん。
 
2012年08月15日 [ 2980hit ]
東北ロード1700キロ 8月6日 十日町市中里
東北ロード1700キロ 8月6日 十日町市中里
 
 
毎年6月から8月には産地へ行く。
アンコメで販売している米の故郷をできるだけひとつひとつ訪ねることにしている。
田んぼを見、生産者とゆっくりと話しをするために行く。
とくに、それぞれが持っているそのままを感じとることを大切しているつもりだ。
 
8月6日〜9日の4日間東北を中心に周った。
今回は一人旅ではなく、南伊豆の若き稲作生産者中村くんも同行した。
米どころの稲作を勉強したい・・・。
自らの稲作に手ごたえを感じつつある今、そんな気持ちになったらしい。
そこで今回はタイプの異なる生産者、生産者団体を6ヶ所訪ねた。
 
 
初日は新潟からスタート。
魚沼コシヒカリの産地のひとつ十日町市中里地区。アンコメでは新潟魚沼中里コシヒカリの名前で販売しているお米。
アンコメではこれまでカントリーエレベーターから出荷されたお米についてやや懐疑的な感覚を持っていました。
しかし、ここのお米を扱いようになってからは、その考えを改めました。
なぜなら品質が半端なくいいこと。もちろん食味が素晴らしいこと。
なにより収穫されてから2年近く経過している22年産(当店の在庫)であっても、その品質にまったく変化(低下)を感じないからです。
 
ここのお米はこの中里地区で栽培されたお米の中で基準を満たしたお米だけが
カントリーエレベーターに集められるそうです。
そのためにすべての生産者のお米の品質を個別に検査するシステムもあります。
その選ばれたお米をDAG(Dry Air Generator)というシステムで乾燥しています。
これは従来の火力乾燥ではなくエアコンのような機械によって瓶と呼ばれる米乾燥用タンク内に空気中の水分を除去し乾いた空気を送り、ゆるやかに乾燥する方法です。
 
こんな風にいうとDAGがいいように思えますが、
現場の担当者曰く、DAGがお米の品質を良くし、美味しくしてくれるわけではないこと・・・。
あくまでも栽培段階で良質なお米が生まれ、その品質と美味しさを守るのがこの仕組みなのだと・・・。
そこでさっそく田んぼへ。
 
田んぼを見る時は、まず最初に全体感を見る。
風景の中に違和感がなければ概ね良好。
とくに畦周りがきちっとしていると緊張感がある。
ここの田んぼはまさにそんな風。
反収で7〜8俵。理想的。
こんな棚田地帯ながら水周りはすべて一枚一枚管理できるように蛇口式。
しかも水位も自動でコントロールできるハイテク装置付き。
さすが魚沼!まさに「田園」調布でありました。
稲(コシヒカリ)はちょうど出穂しはじめたところ。揃うのは14日頃。
そこから約45日で収穫とのこと。
 
栽培から調整乾燥、出荷までの産地にできるすべてのことがハイレベルだとこんなにも品質がいい。
中村くんにとってどんな風に感じただろうか?
農協という組織だからできる生産システム。それを最大限活かして勝負しているこの感じ。
いわば中村くんのようなインディーズ的農家の対極にある稲作の姿の典型。
きっと刺激的なひと時だったにちがいない。
 
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画像上:中里地区のコシヒカリ。ちょうど出穂しはじめたところ。
画像中:田んぼの水位を自動でコントロールするハイテク装置もあった!
画像下:これがDAG(Dry Air Generator)の内部。まるでSF。秋にはこの中がお米(籾)でいっぱいになる!
 
2012年08月13日 [ 2967hit ]
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