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旅する羽釜 4
旅する羽釜 4
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
 
旅する羽釜 4
 
 
大汗かいてようやくホテルに着いた。
4階の部屋までスイハニングフル装備+水12リットルを持ってやっとこさ登った。
なんでわざわざ最上階なんだよ。と言うくらい狭くで急な階段。
ホテルのマダムとその娘さんがフレンドリーかつ超美人だったのがせめてもの救い。笑。
 
田中隊員と僕は部屋に入るやいなやベッドに倒れ込む。おしまい。
それが何時だったのかも記憶にない。
深夜、近所の歓楽街から聞こえてくる音楽とクルマの爆音で目が覚めた。
ったく、どこの国にもいるもんだな・・・と、つぶやきながら汗臭いTシャツを脱ぎ、シャワーを浴びた。
 
そもそも、本当にこの水が必要だったのか?
運んでる途中、何度も考えた。
もっとほかに選択肢はなかったのか?
そこで1本開けて飲んでみた。
 
柔らかい!
 
フランスに来てたった一日というのにそれはとても柔らかく感じた。
やっぱりこれで正解。というかそう信じた。
がぶ飲みしてホッとしてから、ベッド脇に置いたボトルをスマホで撮り、それをFBにこんなキャプションを付けてアップした。
 
日本の米を行った先の水で炊き、行った先の塩でおむすびを結ぶ。と言いつつ、硬い水はさすがに不安になり、パリ在住の協力者に手配してもらったフランスでもっとも柔らかい水。日中強い日差しの中、大汗かきながらようやく調達した。ここまでして調達する意味があるのか?と、途中何度も考えた。試しに一本飲んでみた。柔らかい!こんな気分で飲む異国の水は何とも沁みまする@ランス2340時
 
それからもう一度眠りに落ちた。
目が覚めると鎧扉から朝の光が漏れていた。
朝食前、ノートルダムにミッション成就祈願の参拝に行こうと、田中隊員と二人、昨日歩いた道へもう一度向かった。
 
 
つづく
 
_
 
 
画像上:フランス国内で買えるもっとも柔らかい水、montcalm ピレネー産とのこと。
画像中:朝、鎧扉。
画像下:早朝、清掃車しかいないランスノートルダム大寺院。田中隊員と。
2013年07月25日 [ 3806hit ]
旅する羽釜 3
旅する羽釜 3
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
旅する羽釜 3
 
 
フランスでスイハニングする。
しかも、できるかできないか?いや、やっちゃっていいのか?
そんな曖昧な状況で前線基地ランスに到着した。
 
初めてのフランス、それもいきなり始発の地下鉄に乗り、パリ東駅まで歩いて見た早朝のパリのあまりの汚さに閉口したが、到着したランスはそれとは逆にとても美しい街だった。まあ、噂に聞く犬の糞とタバコの吸殻は減りはしたものの、やっぱりあるにはあるのだが・・・。 
 
そんなことよりも気になっていたのが水だ。今回はニッポンのお米をフランスの水で炊き、フランスの塩でむすぶ、ここでしか味わえない塩むすびが作りたかった。塩はいいとしても、エビアンに代表されるようなあの硬い水。炊いて炊けないことはないのだが、食感が気になった。せっかく羽釜持参でニッポンの米を炊くのだから、できれば軟水がほしかった。
 
出発の一ヶ月前の6月9日、フランス在住歴のあるAさんに出会った。藁をもすがる思いで、色んな質問をし意見を聞いた。そしてパリ在住の2人の友人を紹介してもらった。一人は日本語ベラベラのフランス人のNさん、もう一人は日本人のYさん。さっそくメールとFBでやりとりをした。Nさんは言葉で困ったら電話でアシストしてくれることを確約してくれた。Yさんはフランス国内で買えるもっともやわらかい水を調べてくれ、ランスにあるNATUREVAという自然食品店へ「8日の月曜日、フランス語のぜんぜんできない日本人が行くから12リットル用意しておいて・・・」と電話で手配までしてくれた。
一度も会ったことのない人たちがこのミッションを面白がって手伝ってくれてた。不思議なことだが思いは通じる。これはきっとスイハニングできる!と漠然とだが確信をもった。ところがである・・・。
 
ランスに着き、ホテルに荷物を預け、食事をすませてから、地図を見ながら徒歩でNATUREVAに行ってみた。店はランスのノートルダム寺院の裏手から15分くらいの通り沿いにあった。ところが月曜日は14:30から営業で店はまだ閉まっていたのだ。(ガ〜ン)すでにこの時点でそうとう気温が高く、睡眠不足と相まって同行者の一人がダウンしてしまった。仕方なくホテルへ戻り、フェール城用に荷物を整え14:00に田中隊員と2人で再度NATUREVAへ行った。途中フェール城のある最寄駅までのアクセスをインフォメーションで確認したら最終の電車がランス駅発17:30ということがわかった。この段階で雲行きが怪しくなっていたのだが、とにかく羽釜と米を担ぎ、NATUREVAまで歩いた。店は開いていたのだが、ここでまた予想外のことが起こった。
 
店の女性スタッフに英語で話しかけると「困った顔をした」もちろん僕のええかげんブロークン英語が原因かと思ったがどうもそうじゃなくて本当に英語がダメってことらしかった。それでも「フランス語のぜんぜんできない日本人が行くから・・・」と聞いてるだろうと思い必至にアピールしたのだが一向に困り顔。その状況を横で見ていたベルギー人の女性ツーリストが助け船を出してくれた。
 
「通訳しましょうか?」
僕らは必至になってその女性に、こんな感じで英語で伝えた。
「僕らは日本人、友人のYさんはパリに住んでる。Yさんが電話で注文したこの店に、先週、水、12リットル・・・mont calm ありますか?」
 
通訳するやいなや店のおばちゃんスタッフの一人が、「あ〜」って顔をして奥からカーゴに入れて水を運んできた。そのやりとりでかなりの時間を要して店を出たのが16:30よくよく考えたら12リットルの水は12キロの重さがある。羽釜と米、それと水、正確に言えばこの他にザルとボール、そして電子計りも持っていた。タクシーを拾うと思ったが一向に止まる気配がない。(フランスではタクシーは電話で呼ぶもので道で拾うものではないらしい)そんな時、さっき通訳してくれたベルギー人女性のクルマを発見した。そこで駅まで乗せてってくれないかと頼んだが、子ども連れで荷物も満載なこともあり、申し訳なさそうな顔をしていたので諦めた。
 
まず落ち着こうと思い水を呑んだ。それからその光景をスマホで撮った。
それをFBにアップし、こんなキャプションを入れた。
 
「軟水をようやく調達するも…フェール城遠し@ランス16時30分」
すかさず友人のSくんのコメントが入った。
Sくん「何処にいるですか!??」
僕「フランス」
Sくん「負けた・・・」
負けてるのはこっちの方だよ〜という気分だったが返信しなかった。
 
仕方がないので荷物を両手にぶる下げてホテルまで歩いた。10メートル歩いては休み、また10メートル歩いては休んだ。日差しが強く焼けるように暑い。意識はしっかりしているのだが今日のミッションは無理だなと思った。もし今日フェール城に行けたとしても、お米を水に浸す時間が足りない、ベストスイハニングは不可能だと悟った。それに体調の優れない同行者のことも気になった。よくよく考えてみたら静岡を出発してから、すでに30時間ほとんど寝てないことにも気づいた。そんな状況で正しい判断ができるとはとても思えなかった。ここは安全を優先して撤退し、しっかり睡眠をとって仕切り直して明日のミッションに備えようと決めた。
 
 
ESI田中隊員と大汗かきながらノートルダム寺院の脇道を歩く。
その光景を不思議そうに見る近所のマダムの視線を感じつつ、二人ともヤケクソ的元気でゲラゲラ笑いながら歩く。
「今のこの状況ってさ、きっと語りぐさになるよ・・・だってさ、もう目つむってもノートルダム寺院の周り歩けちゃうぜ。俺たち・・・」
 
 
つづく
 
 
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画像上:ランス、ノートルダム大寺院
画像中:NATUREVAの前、FBでアップした画像
画像下:ノートルダム寺院の脇道、2日後の朝、ESI田中隊員ともう一度歩いてみた。カルディナル・ド・ロレーヌ通り。
 
 
住所Cathédrale Notre-Dame de Reims
2013年07月24日 [ 3075hit ]
旅する羽釜 2
旅する羽釜 2

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
 
旅する羽釜 2
 
 
そもそも何でフランスに行くことになったのか?と、聞かれると言葉に詰まる。
行きたくなったから、と言うのが正直なところだ。
 
 ESI、エクストリーム・スイハニング・インターナショナルは、今から4年前にカミアカリドリーム勉強会(以降:カミドリ)のコアメンバー、そのまた有志のスピンアウト企画として始まった。巨大胚芽米カミアカリは玄米食専用品種、4産地4人の生産者が存在し、それぞれが異なる風味を持つ稀有なお米だ。その持ち味を再現するには、ちゃんとした炊飯が求められた。
 
カミドリのコアメンバーで炊飯担当の小谷さんはそれを実践する中心人物。そんな彼は年2回行う勉強会で試食用に出すカミアカリを炊いた後、「またもやエクストリームスイハニング(極限炊飯)でしたね〜」という切羽詰って炊くその状況をこんな風に冗談交じりに言うのが彼の口癖だった。
 
その頃、メンバーの間では、まだカミアカリを食べたことのない人に、カミアカリを食べていただく機会をつくろうという機運が高まっていた。だけどこれを大真面目にやるのは、どうも粋でないと思った小谷さんは、ちょうどその頃から各地でイベントが増え始めた機会を利用して、カミドリとしてではなく別のチームを仕立てカミアカリを炊飯し食べていただくことを考えた。それがESI(エクストリーム・スイハニング・インターナショナル)というわけだ。
 
なぜ「インターナショナル」付いたかと言うと、僕がESIのロゴをデザインをしていた時、羽釜と共に「しゃもじ」もイラストを入れたくなってしまい、そのフォルムがアルファベットのIの文字に見立てしまったことからIが頭文字となる単語、つまりInternationalを採用したという、じつに安易な選択だったのだ。笑。
でも、その時、ちょっとだけ夢想したことがあった。羽釜担いで、ニッポン人が考えた複合加熱調理技術「炊飯」をしながら世界中を旅する。これは、めっちゃ面白いだろうと。世界中の米を炊きながら旅をする。逆にまたカミアカリを旅先の人が食べてもらったらどんなに面白いことだろうと・・・。
 
話を戻して、そのESIが何でフランスに行くことになったのか?でしたね。
その理由は「能」にある。
そもそも能の起源は田楽と言われている。つまり稲作労働のお囃子がはじまり。
今回ご縁をいただいた能楽囃子方 大倉流小鼓方十六世宗家 大倉源次郎さんとこのミッションの前、駒形通りの喫茶で能と稲作の深い関係について対話した時にとても共感した。 つまり、稲作によって日本列島に住むことになった多民族の先人たちがニッポン人という共通のアイデンティティを共有できるようになったこと。それによって文化が培われてきたこと。その象徴として、能があり、食文化として米がある。このことについて多くの人に気づいてもらうために今回はとても良い機会だと考えたからだ。
 
また、静岡という地は能に深い縁がある。能の演目で有名な「羽衣」は三保であるし、能の祖、観阿弥の最後の舞台となったのが我が家から歩いてたった10分ほどにある駿河国総社静岡浅間神社であること。
 
奇しくも今年は観阿弥生誕680年、世阿弥生誕650年の節目の年、フェール城で行われる「Festival de No 能フェスティバル」はそれを記念して行われるというのであれば、代々稲作文化に関わりなぜ稲だったのか?を日頃から考えている僕が行きたくなる気持ちもわかってもらえるだろう。
 
それに、個人的な話しではあるが、僕の祖父は観世流の門人だった。米を商いながら鼓を嗜む人だった。その祖父がなぜ能だったのか?それを知りたかったことも旅で出る理由でもあった。
 
 
 
 
パリ東駅を出たフランスの新幹線TGVは麦畑と牧草地が延々と広がる中を高速で疾走する。
8:44ランス駅着。空は青く、空気は乾いている。眩しい。堪らずサングラスをかけた。
ここは稲作文化圏ではないことを肌で感じた。今日は暑くなりそうだ。
 
 
つづく
 
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画像上:祖父が愛用した小鼓
画像中:パリ東駅、TGVの出発を待つ。
画像下:ランスの中心街
 
 

 

住所france reims
2013年07月22日 [ 3975hit ]
旅する羽釜 1
旅する羽釜 1

 

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。

 
 
旅する羽釜 1
 
かつて羽釜はその小さな翼で大空を駆け世界を旅していた・・・。
羽釜の、そのあまりにも日本的なカタチを眺めるたびに、そんな物語りを夢想する。
 
 
 
炊飯器でない「ごはん炊き」、我々ESI(※1)が言うところのスイハニングをあちらこちらで日常的にするようになってから仲間の一人が冗談で言ったひと言がずっと頭の隅にあった。
 
羽釜を持って世界五大陸でスイハニング!
 
そして今年の2月、頭の隅にあったこの言葉が、ほんのわずかだけ輪郭を持った姿で僕の目の前に現れた。
 
Festival de No 「能フェスティバル」
 
フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われる能のイベント、その舞台を静岡出身の若手華道家、建築家の辻雄貴さんが作ることになった。2月のある日曜日、そのプロジェクトのために関係者が集められた。静岡市内足久保の竹でつくる能舞台、そのワクワクするような計画で竹の調達を依頼されたのがGroom静岡(※2)そのグループの代表である田中さんが召集されていた。じつはこの田中さん、ESIの隊員であった関係から彼が僕を呼んだのだ。
 
「隊長、フランスでスイハニングしましょ!」
 
冗談というか乗りだけで、辻さんが行うこのプロジェクトのプレゼンを聞いた。ところがプレゼンが終わる頃には、どうやらこのプロジェクトメンバーに入っているようだった。
 
その後、辻さんはプレイベントとして静岡市内で2回イベントが開き、僕はそれぞれに関わることになった。1回目は3月31日、2回目は6月7日(キャトルエピスで行われたイベントで100人分スイハニングした)2回目が無事終了してもフランスでスイハニングできるのか?できないのか?は、まったく曖昧なままだった。というかこのミッション、じつは当日を迎える日までアンオフィシャルなままだったのだが・・・。
 
ほとんど押しかけ状態、伊達と酔狂で飛行機に飛び乗ったのが7日、日曜日の夜10時。スーツケースには三升羽釜とお米8キロ、蓋が入らなかったので同行の田中隊員のスーツケースに託しての旅立ちとなった。翌8日現地時間3:30、シャルルド・ゴール空港に無事到着。こうしてスイハニング珍道中ははじまったのである。
 
つづく。
 
 
※1)ESI:エクストリーム・スイハニング・インターナショナル ごはん炊きを目的とするチーム
※2)Groom静岡:放棄竹林の伐採整備を行うボランティアグループ
 
 
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画像上:スーツケースに羽釜は入るが、蓋が入らな〜い!
画像下:早朝6:00パリ東駅、前線基地となるランスに向けて列車を待つ。
 
 
2013年07月20日 [ 3990hit ]
七夕はアートロ 土がぼくらにくれたもの 
七夕はアートロ 土がぼくらにくれたもの 

 

 

登呂遺跡で行っているワークショップ、アートロ・土がぼくらにくれたもの。

7月7日七夕、担当は僕の番だ。
 
今回は「アートロ検地」と題して、先月田植えしたばかりの田んぼへ行き、
歩幅で面積を割り出し、単位面積あたりの株数を数え、秋実るであろう米の収穫量を類推する。
しかも登呂の復元田だけでなく、ご近所にある現代の田んぼでも同じことを試みる。
それぞれで導き出された収穫量から人の暮らし、営みを想像するのだ。
そもそも「なぜ稲なのか?」ってところまで想像できればさらに面白いだろう。
 
参加者の皆さま、宿題の歩幅60センチはばっちりですか?
 
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画像:藤枝松下さんの田んぼ
2013年07月04日 [ 3454hit ]
日本を楽しむ市 能楽とご飯会 にて。
日本を楽しむ市 能楽とご飯会 にて。

 

 

6月7日にキャトルエピス静岡店で行われた「日本を楽しむ市 能楽とご飯会」で

若手華道家、辻雄貴さんが松下さんが育てた苗、
足久保の竹(破竹)、安倍川で伐採された松を生けました。
 
竹はそもそもイネ科の植物。
こうしてみると相性がいいのも、そんな理由なのかもしれません。
どちらも日本的・・・と思いがちのこれら植物、じつは外来の植物です。
(マダケは日本列島に自生していたという説もあり)
昔々大陸から人の手によって運ばれきたのです。
 
辻さんの作品の前で若手能楽師たちによって奏でられた三番叟。
能もまたルーツは稲作に起源がある。
稲が生んだ芸能と言ってもいい。
 
僕らが今、「日本らしさ」と思ってる様々は
もともとこの列島に住んでいた人、大陸から渡ってきた人、南の島から渡ってきた人、
それら多くの先人たちが醸してきたものです。
 
当日はそれらをひとつに結ぶというテーマで羽釜と薪でご飯を炊き、おむすびを作りました。
見ること、聴くこと、食べることで、それらを実感した素晴らしいひと時でした。
 
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画像上:辻さんがライブで生ける!
画像中:会場は満席、松、竹、稲の空間でアンコメ店主(中央)もトークショーに出演しました。
画像下:能楽師による三番叟。
 
2013年06月25日 [ 3147hit ]
苗を生ける人。
苗を生ける人。

 

 

若手華道家、建築家の辻雄貴さん。

静岡新聞紙面で県内の建築を巡っていけばなを制作するシリーズ「花と建築 いけばな行脚」の連載でおなじみの彼。
次回作は稲。
ちょうど田植え真っ盛りの今、その若苗を生けることになった。
 
じつはその苗を松下さんが準備することになり、一ヶ月以上前から準備していた。
本番はいよいよ来週。
キャトルエピスで行われる"日本を楽しむ市"(6月7日前夜祭能楽とご飯会ではアンコメも出演します)では、
その場で生けるライヴパフォーマンスもある。
また次号「花と建築」では芹沢介美術館を舞台に、この苗を生ける予定だそうだ。
 
どんな華が生まれるのだろうか?
わくわくしています。
 
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画像上:早生品種巨大胚芽米カミアカリ、すでに田植えが終わっているがこの日のためにとっておいたもの。
画像下:出会いとは面白い。また何かが生まれそうな予感に満ちている。
 
2013年06月01日 [ 3577hit ]
日本を楽しむ市 
日本を楽しむ市 

 

 

6月7日〜9日にキャトルエピス静岡店で行われる「日本を楽しむ市」に参加します。

 
能楽師が囃し、華道家が若苗を生け、米屋が飯を炊く。
日本の伝統芸能のひとつ能、そのはじまりは、田植えを盛り立てる大切なものでした。
そんな三者が集まり、能のお囃子と若苗の緑、飯を味わう一夜、ぜひ楽しみませんか。
7日に行われる前夜祭、「能楽とご飯会」では
華道家の辻雄貴さん、能楽師の飯冨孔明さん、安東米店の長坂がコラボレート、
「食と文化」について語り合うトークセッションやアンコメのお米でつくったおむすびも味わいます。
 
前夜祭 「能楽とご飯会」
日にち:6月7日(金)
開場:18:00 開演18:30
会場:キャトルエピス静岡店
チケット料金/3.800円(ご飯とお菓子付き) ※定員72名
※チケットはアンコメに残り数枚ございます。(5月30日現在)
 
 
日本を楽しむ市
日本人の丁寧なもの作り、こだわりを知ることで好きになることもたくさんあります。
日本を楽しむ市ではそんなモノやコトを紹介します。
日にち:6月8日と9日(土、日)
会場 キャトルエピス静岡店
出店者:大村屋酒造(日本酒)、辻雄貴空間研究所(生け花)、呉服わらしな(和小物)、竹虎(竹細工)、上野靖恵(陶芸)、岩科蓮花(書道家)、Groomしずおか(竹)
 
詳しくはコチラをごらんください。
 
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電話番号054-371-5020
住所静岡県静岡市清水区天神2-6-4
2013年05月30日 [ 3328hit ]
土がぼくらにくれたもの 「検地」
土がぼくらにくれたもの 「検地」

 

 

登呂遺跡で行う全7回のワークショップが5月19日からいよいよ始まる。

僕が講師として担当するのは3回(7月7日)と7回(11月17日)。
これまでに僕が学んだこと、気づいたこと、疑問に思ったことをベースに参加者皆さんと共に
なぜ?を考えていきたいと思っている。
 
考えるといっても机の上で考えるのではない。
太陽の下(あるいは雨降りの下)、五感をつかって感じる先に生まれる気づき。
そこが僕の思う、このワークショップの肝みたいなものだ。
 
僕が担当する回では、そのための仕掛けをいくつか用意している。
そのひとつが「検地」
じつは10年くらい前、掛川で行ったワークショップでもやったことがある。
田んぼに入り、その田んぼでどれくらいの米の収穫量があるのかを計算するのだ。
計算で出た数字と実際を比較する。
それを現代の田んぼと復元した登呂の田んぼ両方で行うのだ。
 
恥ずかしい話しだが、10年前に掛川で行った時、僕はなぜだか涙腺がゆるんだ。
無名の先人たちが何千年もの間、止むことなく毎年毎年稲を育てた先に今があること。
その名前も知らない先人にバトンを渡されて走っている。そんな気がして感動したからだ。
 
今回もそんな思いで弥生時代の登呂までタイムトリップして検地する。
また涙腺ゆるむかな?笑。
 
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2013年05月14日 [ 3523hit ]
ARTORO アートロ あー登呂
ARTORO アートロ あー登呂

 

 

なぜ米を搗くのか?

なぜ米を研ぐのか?
なぜ米を水に浸すのか?
なぜ一日三食なのか?
そもそもなぜ米なのか?
 
あたりまえだと思っていることを今一度考え直す。
なぜをやり直したい。
 
今年、登呂遺跡でワークショップを行います。
連続7回講座「土がぼくらにくれたもの」
美術家、陶芸作家の本原玲子さんの発案にアンコメ店主も共鳴しました。
同じように共鳴した仲間たちで講師を勤めます。
 
なぜを問い直すことで別の人の暮らしと営みの歴史があったかもしれない。
震災の時、あの忌まわしい大事故が起こった時にふと思った。
そもそも、なぜこういう選択を先人たちはし、僕もしてきたのか?
何を欲し、何と縁を切って来たのか?その理由が知りたい。
良かったことも、そうでなかったことも、分け隔てなくきちんと見つめ直したい。
そのためにはどこへ行けばいいのか?どこまで戻ればいいのか?
 
それは弥生時代だと思った。
 
稲作が定着し余剰が生まれ分業化していくその始まりの頃。
我々が生きてきた社会基盤の黎明期はこの頃なんだと思った。
そこである日、身近にある登呂遺跡を訪ねたのだ。
 
復元住居の中、台付き甕型土器(レプリカ)での赤米の調理の過程をじっくり見、そして食した。
その調理は「炊飯」を学んでいる僕の目には「炊く」には見えなかった。
だとすれば「炊く」とはいつから始まったのか?
 
「炊飯とは何か?」を僕が知らなければ、
この台付き甕型土器による米調理を「炊く」と言っていたに違いない。
 
たぶん多くの人は、日々の一つ一つについて見ているようで見ていない。
考えているようで考えていない。
日常化した作業のあれこれについて、「そもそもこれはどうだったのかな?」なんてことは考えることはないだろう。
ひとつだけ救いなのは、複雑に分業化された社会の中の自らの担当部分ついては見ているし考えてる。
僕が「炊飯」を知っていたように。
 
そういうバラバラになった目を今一度参加者全員でつなげると何が見えて、何に気づくだろうか?
5月19日から始まる全7回の講座「土がぼくらにくれたもの」では、土で稲を育て、土で器を作り、土器で調理し食す。
田んぼからお茶碗まで、稲作と共に半年間、「なぜ」をやり直そうと考えています。
 
 
連続7回講座
土がぼくらにくれたもの
 
第1回
5月19日(日)13:00-16:00
『土の製造元は、地球!〜土の採取・人と土のなが〜い関係〜』
 講師:本原玲子
第2回
6月9日(日)13:00-16:00
『土で、米を作る。〜米は種。なぜ撒かないの?〜』
 講師:青木嘉孝
第3回
7月7日(日)13:00-16:00
『土で、稲を育てる。〜田んぼにも個性がある〜』
 講師:長坂潔曉
第4回
8月4日(日)13:00-16:00
『土で、器を作る。〜田んぼの土が焼きものになる?〜』
 講師:本原玲子
第5回
9月8日(日)13:00-16:00
『土で、作った楽器で遊ぶ。〜きもちを音で伝える〜』
 講師:菊池保朗、本原玲子
第6回
10月20日(日)13:00-16:00
『土で、育った稲を穫る。〜穂刈りと脱穀〜』
 講師:本原玲子
第7回
11月17日(日)10:00-16:00
『土からの恵みを、食べる。〜野焼きと収穫祭〜』
 講師:長坂潔曉、本原玲子
 
申し込み受付:4月20日〜5月15日
対象:小学5年生以上30名
詳細、お申し込みは登呂会議委員会事務局まで。
 
 
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2013年04月23日 [ 4976hit ]
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