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旅する羽釜 8
旅する羽釜 8
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
旅する羽釜 8
 

 

一釜目、結びの神(白米)は無事スイハニング、そしておむすびができた。のんびりする間もなく、即羽釜洗い。

洗い方、田中隊員にその指示をする間もなく、すでに彼は水場で洗いに入っていた。
釜洗いが終われば即、二釜目巨大胚芽米カミアカリスイハニングの準備。
カミアカリ(玄米)が完全浸漬したかを米粒をひとつつまんで割ってみる。芯まで給水されていることを確認。
気温は30度以上(体感)であるから7時間近く浸漬しているから問題ないはず、
むしろ爆発的な酵素活性で食べた時の強い風味を期待した。
 
気がかりなのは炊き上りのタイミングをいつにすべきか?これが最後の課題だった。
Kさんが交渉し段取りしてくれたレセプション会場でのおむすびブース設営。
せっかくいただいたチャンス、ベストコンディションで食べていただきたい。
カミアカリスイハニングには蒸らしも含め50分、おむすびつくるのに20〜30分・・・。ちょっと時間が掛かり過ぎる。
そこで、おむすびをつくりながらサーブすることを考えた。
そのほうが、おむすびやごはん、カミアカリそのものにも興味持ってもらえるような気がしたからだ。
それはいつなのか?
能の舞台は19時スタート、21時頃にすべての演目が終了する(らしい?)。
そこで20時点火と決めた。
 
一釜目、結びの神(白米)スイハニング時に点火後の火のまわり方が若干もたついたこともあり、
薪を松のみに変更するべく田中隊員と二人、松林を歩きながら枯れ枝を拾った。
何せ35分間燃やし続けなくてはならない。足りなくなる憂いを払拭すべく集めに集めた。
 
点火までの間、始まったばかりの能の舞台を眺めた。
「羽衣」
鼓と笛の音が古城に響き渡る。
白夜の舞は時間と空間を超えて過去や現在、あの世かこの世かもさえも曖昧になっていく。
そんな印象をいだく不思議なひと時、これを幽玄というのか・・・。
国内でもこれだけの能楽師たちの共演はないとのこと。
もう少し見ていたいと思ったがすでに点火10分前、田中隊員と僕は幽玄から釜戸のある現場へ向かった。
 
飛行機の搭乗口で手にしたニッポンの新聞に点火、
その火が松の小枝をパチパチと音をたてながらコンクリートブロックでつくった釜戸全体に広がっていく。
火の勢いにあわせて少しづつ太い枝をくべていく。
むやみに火力をあげないで抑えながらパワーアップしていく感じ。
 
数回攪拌しながら9分で沸騰。
そこから六掛けくらいの火力で水がなくなり香ばしい香りが立つ時まで火力を維持しひたすら待つ。
20時35分、時間どおりにいい香りといい音がしてきた。
同時に火を引き、置き火で蒸らす、約5分後に集めておいた松葉を釜戸に放り込む。
松葉が一瞬燃え上がったらあとは待つのみ。
舞台から聞こえてくる「土蜘蛛」のお囃子をBGMに我々だけの薪能スイハニングを楽しんだ。
 
蒸らし時間に釜を持ってレセプション会場のおむすびブースへ移動。
20時50分、蓋を開け速攻で攪拌、カミアカリが空気に触れた瞬間、明るみを帯びた。
準備万全のむすすび方二人が熱々のカミアカリを塩でむすんでいく。
ひと口大の塩むすびが竹の器の上に並んでいく様が美しい。
 
舞台が終わると同時に大勢のお客様がレセプション会場にやってきた。
シャンパンを呑みながらおみすびをほうばるムッシュ、
セボンッ!と、にこやかにお友だちの分までテーブルに運ぶマダム。
イギリスから来てくれた日本人小学生は無言で6個食べたてくれた。
シャトーのシェフからは調理法を事細かく聞かれ、あたふたしながら相変わらずのブロークン英語で答えた。(たぶん伝わってないな)
そんなこんなであっという間に一升五合(2キロ)のカミアカリは消え去った。
 
ひと段落してみんなで記念撮影していたら
となりのブースにいたシャトーのスタッフの方から泡のお酒を手渡された。
シャンパーニュに来てはじめてのシャンパン。
ミッションコンプリート!ささやかな祝杯をあげた。
 
 
つづく
 
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画像上:カミアカリおむすび@フェール城。
画像下:白夜の舞「羽衣」
画像中:レセプション会場。
 
 
2013年08月03日 [ 3961hit ]
旅する羽釜 7
旅する羽釜 7

 

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。

 
 
旅する羽釜 7
 
 
忙しい辻くんをつかまえ、スイハニングとおむすび作りの許可をイベントのトップの方に掛け合ってもらうことを頼んだ。いくらなんでも無許可で火を焚いたり、食べものを出すわけにはいかない。何せフランスの政府関係者などVIPと呼ばれるゲストが150人位集まるというのだから・・・。辺りにはゆるい感じながらも、そろそろセキュリティチームが展開しはじめている時だった。
 
辻くんら2週間前に現場に入った舞台製作チームは、これまで様々な苦労を乗り越えてやっとこさ舞台を作ってきた経緯から、一筋縄ではいかないと思ったらしく、その日焼けた顔を一瞬曇らせた。すると通訳のKさんがその交渉にも同行してくれることになり、二人はメイン会場へ歩いて行った。僕が勝手にミッションと称しフェール城に羽釜を持ち込んでまでスイハニングできるか否か?その是非が決まるまで従業員宿舎横の椅子に腰掛けて待った。
 
いつも舞台の前には必ず「おむすび」たべるんだよ・・・。渡仏前、大倉源次郎さんと対話した時に、こんな風におっしゃっていたことを思い出し、いつもの空想をした。
 
米が炎のチカラででアルファ化(糊化)し、ごはんになる。ごはんは、人の手によって「おむすび」になり、その「おむすび」をたべた人の中で糖に姿を変えていく。その糖が体内のあちらこちらで燃えはじめる。筋肉を動かし、拍子を刻む。こうして米粒は鼓の響きになる・・・。
 
クルマで出かけていた大倉さんが帰ってくるやいなや僕にこう言った。長坂さん、舞台の前に能楽師全員分の「おむすび」よろしく頼みます・・・。承知しました!まだスイハニング許可は下りてなかったが張り切ってそう答えた・・・笑。それから待つこと30分、辻くんが戻ってきた。
 
結果が良ければいい・・・。それが回答だった。
 
結果はいいに決まっている。ここまで来て良くない結果のイメージなど微塵もない。疑う余地など何もないのだ。これでようやくスイハニングができることになった。次は薪の調達と釜戸づくり。するとKさんがそれも段取りしてくれて庭師風の感じの方と薪と釜戸に使うコンクリートブロックの在りかまで連れて行ってくれた。そこには暖炉に使うために積まれた大量の薪、奥の作業小屋にはコンクリートブロックが10個ほど置いてあった。田中隊員とふたり、薪を割り、ブロックを運び釜戸を作った。アウェイから一気にホームなったような気分。30分もかからないうちに薪と釜戸の準備ができ、いつスイハニングしてもいいような状態まで準備した。
 
その時だった。背の高いシャトーの支配人が大またでやって来た。威圧感バンバンで・・・。どれくらいかかるのか?とマジ顔で言った。最初はクレームかと思ったが、すぐにそうじゃないことがわかった。よくよく聞くと、「あと何時間後におむすびを出せるのか?」という質問だった。どうやらフランス政府の要人6人のためにダッシュでおむすび作ってくれ。という指示だった。僕は「40分後」と答え、すかさず釜戸に火を入れた。支配人は相変わらずのマジ顔でサムアップしてから、大またでシャトーに戻って行った。
 
一升五合(2キロ)の白米(結びの神)に昨日苦労して調達したピレネーの軟水、焚きつけ用には周辺に自生していた松の枯れ枝がちょうどいい燃え方をした。沸騰前に一度攪拌をし8分強で沸騰。いい調子だ。ここから火を弱め沸騰維持。「ブツブツいう頃火を引いて」のとおり置き火にする。それから数分後、枯れた松葉や小枝を釜戸に放り込み「最後に一束の藁燃やし、赤子泣いても蓋取るな」から待つこと10分後、蓋を開け一気に攪拌。空気に触れたごはん粒はピカピカと光り始めた。
 
その一部始終を見ていたのがこのシャトーの厨房で見習いとして働きはじめたというウィリアムくん17歳。さっそく炊き立てを食べさせた。どうだ?セボンか?セボンだろ!とセボン攻撃すると、ニヤニヤしながらひとことセボンと言った。
 
炊けたご飯をボールに移すと同時に、おむすび方として今回のミッションに同行した2人がピンポン球大のおむすびを結んでいく。手水はピレネーの軟水、塩は水を調達した店で買ったちょっとくすんだ色のゲランド。完成した塩むすびは舞台と同じ足久保の竹で作った器にそなえ、薪に使った松林に敬意を評し松葉を設えた。
 
ウィリアムくんには、初めてつくったおむすびは、自分で食べなくてはならない!これはニッポンの風習なのだ!とホラを吹き、ほぼ強引に食べさせてしまった。すると彼の口から自然に「セボン」のひとことが出た。やったね!それから彼にも手伝ってもらいながら、たくさんの塩むすびをつくり、大倉さんはじめ能楽師全員分の「おむすび」はもちろん、フランス政府の要人6人のための「おむすび」も予定どおりに納品できた。
 
さてと次はいよいよカミアカリスイハニング。まずは羽釜を洗うところから・・・。
 
 
つづく
 
 
Kさんへ
この度は本当にありがとうございました。当日はあっという間に時間が過ぎ、ゆっくりと歓談する間もなくフェール城を去り、ちゃんとお礼を言えずたいへん失礼しました。帰国後このレポートを書きながら、あの時のKさんの瞬発的判断と交渉が、このミッション成功の決め手でした。当日はそれがとても自然な流れのように感じていましたが、今思うととても幸運だったと感じています。本当にありがとうございました。 (ESI長坂潔曉)
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画像上:従業員宿舎横に釜戸完成、薪も準備よし!
画像中:フランス政府の要人のための塩むすび。竹紙の上に竹の器、そして竹紙でつくった折づるも添えて。
画像下:ウィリアム君と結び方のみなさん。
 
 
 
2013年07月30日 [ 4443hit ]
旅する羽釜 6
旅する羽釜 6
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
 
旅する羽釜 6
 
 
持ち込んだ羽釜を能楽師の面々、Groomしずおかの面々、そこにいたニッポン人みんなに見せたら大いに盛り上がって喜んでくれた。
本当に持ってきたの・・・オモシロ〜イ。
面白いでしょ〜、言うなれば、まあただそれだけのことなんですけどね。アホでしょ〜。
能チームの通訳のKさんも喜んでくれた中の一人だった。
 
お米を浸す入れ物ってどれくらいの大きさ?わたし借りてくるわ。
 
と、お願いしたかしないかのうちにシャトーの厨房へ駆け出していった。戻ってきたら18時までに返す約束で借りてきたよ。渡されたのが銀のワインクーラー×2 さっすがシャンパーニュ!洗米を再開し玄米2キロと白米2キロをその2種を水を張ったワインクーラーへ無事収めた。
 
さて、今回のスイハニングミッションにはひとつだけ密命があった。笑。
それは、三重県のお米、「結びの神」(品種名:三重23号)で、おむすびをつくること。 お付き合いするようになって10年近く経つ食のコンサルティングをしている愛知県出身のH女史の関わる活性化プロジェクトで僕は渡仏前にそのお手伝いすることが決まったばかりだった。じつは渡仏直前の7月5日にスケジュール調整の電話がかかってきた時に、来週からフランスdeスイハニングなんすよ・・・と話したら、「結びの神」も炊いてきてよ!ということになり、翌7月6日の午前中には三重県の担当者さんから宅配便で「結びの神」が届いた。最初は、まあこれも何かの縁、と思ってパッキングしたのだが、後であることに気づいた。
 
三重県か〜三重県ね、三重県でしょ。あっ!俺、世話になってるよ三重県・・・。
まず、土鍋。愛用の炊飯土鍋は万古焼、つまり三重県四日市生まれ。この土鍋によってESI創設の基礎となるスイハニング技術のあれこれを学ばせてもらった。 なおかつ、現在も最も信頼できる土鍋として、ESIにとってなくてはならない存在なのだ。
 
それに稲、米、飯に関わる人のみならず、ニッポンという共有アイデンティティを培ってきた心の深層にある姿なき存在、伊勢の大神、それも三重県であった。伊勢には時々訪ねては巨大胚芽米カミアカリをポケットの奥からひと粒取り出して森に置きカミアカリとその生産者たちの無事を祈るのだ。
 
僕にはいわゆる信仰というものはないのだけど、旅先ではその土地のそういった存在に出会うと手をあわせたくなる。ランスのノートルダムで手を合わせたように。正直いえばご利益なんて期待しているわけじゃない。つつがなくこの土地で時間が過ごすために挨拶してるだけのこと。話が逸れた、すんません。
 
つまり、こんな密命を持っての渡仏だった。
じつは面白いことに、もうひとつ縁があった。今回の旅の同行者、むすび方としてこの酔狂なミッションに参加したHさんは蛤で有名な三重県桑名市の出身だったのだ。なんという縁!三重県のお米、「結びの神」を三重県出身者が「おむすび」に結ぶ。ク〜〜しびれるウ〜〜。
 
ああそうそう、ESIの本懐「巨大胚芽米カミアカリ」をフランスの水でスイハニングし、フランスの塩でむすぶ。これも忘れちゃいけない!これまで苦労はすべて「結びの神」と「カミアカリ」ダブル「カミ」で能舞台を盛り上げることなんだった。
 
さて、お米が吸水をはじめ、酵素活性している間に釜戸を作り、薪の調達だ。いやいやその前に、正式なスイハニング、おむすびをお出しする許可をいただかないとだよ。この壁を越えないとこれまでの様々はぜんぶ無駄になっちゃう・・・。さてどうすっか?
 
辻く〜ん!
Kさ〜ん!
 
 
つづく
 
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画像上:ワインクーラーで浸漬。手前「結びの神」、奥「巨大胚芽米カミアカリ」
画像中:洗米作業中。
画像下:持って来ましたの図
 
 
 
2013年07月27日 [ 4348hit ]
旅する羽釜 5
旅する羽釜 5

 

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。

 
 
 
旅する羽釜 5
 
 
クロワッサンとオレンジジュースとカフェオレ。
安宿だけどめっちゃ旨い。自称スイハニスト、元祖米喰い民族でも旨いものは旨いと思うのだ。
早朝、澄んだ空気の中、ノートルダムに参詣してきた上に、旨い朝食お腹いっぱいとなれば気力体力とも充実するというものだ。
その時、僕の携帯が鳴った。電話の主は能楽師の大倉源次郎さんだった。
 
「どうしたの昨日?待ってたんだよ・・・大丈夫?何かあった?」
 
心配して電話をしてきてくれたのだ。
そこで昨日あった事をかいつまんで説明し、今日はこれからフェール城へ向かうことを伝えた。
とても嬉しかった。押し掛け同然のアンオフィシャルなミッションなのに、楽しみに待っていてくれたのだ。
僕と田中隊員は互いに顔を見合わせた。これでできる!と確信した瞬間だった。
 
ランスからフェール城までは、静岡の距離感でいうと静岡市から掛川市へ行くくらい。
ちょっとお金は掛かるがもうミスはできない。大事をとってタクシーをチャーターした。
タクシーは最新型のフィアットのディーゼルSUV、ドライバーは女性。
ドライバーを含め5人乗車+荷物だけど、かなりいい走り。
信号も渋滞もない快適な道、前を行くプジョーやルノーの小型車をバンバン抜いて行く。運転上手い!
 
ランスの郊外をほどなく走ると左右大草原。
正確にいえば、麦や牧草、ぶどう畑もちらほら。
そうだここはシャンパーニュ地方、黄金色に輝く泡のお酒の故郷なんだった。
今宵こそ「泡」飲むぞ!と妄想をしているうちに別荘地のような山麓にクルマが入って行った。
静かな佇まいのシャトー、テラスには白いパラソルがいくつか見えた。
見るからにフランスを思わせる情景。ここがFere en Tardenois フェール城。
ようやくたどり着いた。
 
出てきた女性スタッフの方に能の方々や辻さんはどこですか?と訊ねると
ちょっと背伸びをし向こう側っていう感じで指差した。
左奥にネットで見たことのあるあの古城が見えた。
指差した右側にある石積みのアーチを荷物を引きずりながらくぐると
真っ黒に日焼けした見慣れた顔と声の主がいた。
辻くんとGroomしずおかの面々だった。
その奥には大倉さんはじめ能楽師の方々がくつろいでいた。
 
来た来た。待ってました。ごはんごはん。味噌汁あるよ。昨日どうしたの?
 
皆、日本語文法がめちゃくちゃで口々に同じ質問を浴びせてきた。
2週間前から作業している面々、その気持ちは痛いほどわかった。
まあ、いろいろとありまして・・・。
それはそうと、釜戸と薪が必要なんだけど、準備できるかな?
それに、そもそもスイハニングしちゃっていいのかな?
到着早々、のんびりする間もなくスイハニングのための確認作業に動きはじめた。
どちらにしてもお米を浸漬しとかなきゃならないから田中隊員と僕は従業員宿舎の中の水場で洗米を始めた。
あっヤバイ・・・お米を浸しておくバケツがない。
お米2キロ分づつ入る容器どこかで借りてこなきゃだよ・・・。
 
 
つづく。
 
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画像上:フェール城への道。延々と続く畑畑畑・・・このくには農業の国なんだな。
画像中:ようやくフェール城到着。暑い!眩しい!
画像下:羽釜被って気合充分。出発前、ホテル ドゥ ラ カテドラル ランスにて。パーマではない(念のため)
 
 
 
住所Le Chateau de Fere
2013年07月26日 [ 3675hit ]
旅する羽釜 4
旅する羽釜 4
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
 
旅する羽釜 4
 
 
大汗かいてようやくホテルに着いた。
4階の部屋までスイハニングフル装備+水12リットルを持ってやっとこさ登った。
なんでわざわざ最上階なんだよ。と言うくらい狭くで急な階段。
ホテルのマダムとその娘さんがフレンドリーかつ超美人だったのがせめてもの救い。笑。
 
田中隊員と僕は部屋に入るやいなやベッドに倒れ込む。おしまい。
それが何時だったのかも記憶にない。
深夜、近所の歓楽街から聞こえてくる音楽とクルマの爆音で目が覚めた。
ったく、どこの国にもいるもんだな・・・と、つぶやきながら汗臭いTシャツを脱ぎ、シャワーを浴びた。
 
そもそも、本当にこの水が必要だったのか?
運んでる途中、何度も考えた。
もっとほかに選択肢はなかったのか?
そこで1本開けて飲んでみた。
 
柔らかい!
 
フランスに来てたった一日というのにそれはとても柔らかく感じた。
やっぱりこれで正解。というかそう信じた。
がぶ飲みしてホッとしてから、ベッド脇に置いたボトルをスマホで撮り、それをFBにこんなキャプションを付けてアップした。
 
日本の米を行った先の水で炊き、行った先の塩でおむすびを結ぶ。と言いつつ、硬い水はさすがに不安になり、パリ在住の協力者に手配してもらったフランスでもっとも柔らかい水。日中強い日差しの中、大汗かきながらようやく調達した。ここまでして調達する意味があるのか?と、途中何度も考えた。試しに一本飲んでみた。柔らかい!こんな気分で飲む異国の水は何とも沁みまする@ランス2340時
 
それからもう一度眠りに落ちた。
目が覚めると鎧扉から朝の光が漏れていた。
朝食前、ノートルダムにミッション成就祈願の参拝に行こうと、田中隊員と二人、昨日歩いた道へもう一度向かった。
 
 
つづく
 
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画像上:フランス国内で買えるもっとも柔らかい水、montcalm ピレネー産とのこと。
画像中:朝、鎧扉。
画像下:早朝、清掃車しかいないランスノートルダム大寺院。田中隊員と。
2013年07月25日 [ 4270hit ]
旅する羽釜 3
旅する羽釜 3
 
 
2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
旅する羽釜 3
 
 
フランスでスイハニングする。
しかも、できるかできないか?いや、やっちゃっていいのか?
そんな曖昧な状況で前線基地ランスに到着した。
 
初めてのフランス、それもいきなり始発の地下鉄に乗り、パリ東駅まで歩いて見た早朝のパリのあまりの汚さに閉口したが、到着したランスはそれとは逆にとても美しい街だった。まあ、噂に聞く犬の糞とタバコの吸殻は減りはしたものの、やっぱりあるにはあるのだが・・・。 
 
そんなことよりも気になっていたのが水だ。今回はニッポンのお米をフランスの水で炊き、フランスの塩でむすぶ、ここでしか味わえない塩むすびが作りたかった。塩はいいとしても、エビアンに代表されるようなあの硬い水。炊いて炊けないことはないのだが、食感が気になった。せっかく羽釜持参でニッポンの米を炊くのだから、できれば軟水がほしかった。
 
出発の一ヶ月前の6月9日、フランス在住歴のあるAさんに出会った。藁をもすがる思いで、色んな質問をし意見を聞いた。そしてパリ在住の2人の友人を紹介してもらった。一人は日本語ベラベラのフランス人のNさん、もう一人は日本人のYさん。さっそくメールとFBでやりとりをした。Nさんは言葉で困ったら電話でアシストしてくれることを確約してくれた。Yさんはフランス国内で買えるもっともやわらかい水を調べてくれ、ランスにあるNATUREVAという自然食品店へ「8日の月曜日、フランス語のぜんぜんできない日本人が行くから12リットル用意しておいて・・・」と電話で手配までしてくれた。
一度も会ったことのない人たちがこのミッションを面白がって手伝ってくれてた。不思議なことだが思いは通じる。これはきっとスイハニングできる!と漠然とだが確信をもった。ところがである・・・。
 
ランスに着き、ホテルに荷物を預け、食事をすませてから、地図を見ながら徒歩でNATUREVAに行ってみた。店はランスのノートルダム寺院の裏手から15分くらいの通り沿いにあった。ところが月曜日は14:30から営業で店はまだ閉まっていたのだ。(ガ〜ン)すでにこの時点でそうとう気温が高く、睡眠不足と相まって同行者の一人がダウンしてしまった。仕方なくホテルへ戻り、フェール城用に荷物を整え14:00に田中隊員と2人で再度NATUREVAへ行った。途中フェール城のある最寄駅までのアクセスをインフォメーションで確認したら最終の電車がランス駅発17:30ということがわかった。この段階で雲行きが怪しくなっていたのだが、とにかく羽釜と米を担ぎ、NATUREVAまで歩いた。店は開いていたのだが、ここでまた予想外のことが起こった。
 
店の女性スタッフに英語で話しかけると「困った顔をした」もちろん僕のええかげんブロークン英語が原因かと思ったがどうもそうじゃなくて本当に英語がダメってことらしかった。それでも「フランス語のぜんぜんできない日本人が行くから・・・」と聞いてるだろうと思い必至にアピールしたのだが一向に困り顔。その状況を横で見ていたベルギー人の女性ツーリストが助け船を出してくれた。
 
「通訳しましょうか?」
僕らは必至になってその女性に、こんな感じで英語で伝えた。
「僕らは日本人、友人のYさんはパリに住んでる。Yさんが電話で注文したこの店に、先週、水、12リットル・・・mont calm ありますか?」
 
通訳するやいなや店のおばちゃんスタッフの一人が、「あ〜」って顔をして奥からカーゴに入れて水を運んできた。そのやりとりでかなりの時間を要して店を出たのが16:30よくよく考えたら12リットルの水は12キロの重さがある。羽釜と米、それと水、正確に言えばこの他にザルとボール、そして電子計りも持っていた。タクシーを拾うと思ったが一向に止まる気配がない。(フランスではタクシーは電話で呼ぶもので道で拾うものではないらしい)そんな時、さっき通訳してくれたベルギー人女性のクルマを発見した。そこで駅まで乗せてってくれないかと頼んだが、子ども連れで荷物も満載なこともあり、申し訳なさそうな顔をしていたので諦めた。
 
まず落ち着こうと思い水を呑んだ。それからその光景をスマホで撮った。
それをFBにアップし、こんなキャプションを入れた。
 
「軟水をようやく調達するも…フェール城遠し@ランス16時30分」
すかさず友人のSくんのコメントが入った。
Sくん「何処にいるですか!??」
僕「フランス」
Sくん「負けた・・・」
負けてるのはこっちの方だよ〜という気分だったが返信しなかった。
 
仕方がないので荷物を両手にぶる下げてホテルまで歩いた。10メートル歩いては休み、また10メートル歩いては休んだ。日差しが強く焼けるように暑い。意識はしっかりしているのだが今日のミッションは無理だなと思った。もし今日フェール城に行けたとしても、お米を水に浸す時間が足りない、ベストスイハニングは不可能だと悟った。それに体調の優れない同行者のことも気になった。よくよく考えてみたら静岡を出発してから、すでに30時間ほとんど寝てないことにも気づいた。そんな状況で正しい判断ができるとはとても思えなかった。ここは安全を優先して撤退し、しっかり睡眠をとって仕切り直して明日のミッションに備えようと決めた。
 
 
ESI田中隊員と大汗かきながらノートルダム寺院の脇道を歩く。
その光景を不思議そうに見る近所のマダムの視線を感じつつ、二人ともヤケクソ的元気でゲラゲラ笑いながら歩く。
「今のこの状況ってさ、きっと語りぐさになるよ・・・だってさ、もう目つむってもノートルダム寺院の周り歩けちゃうぜ。俺たち・・・」
 
 
つづく
 
 
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画像上:ランス、ノートルダム大寺院
画像中:NATUREVAの前、FBでアップした画像
画像下:ノートルダム寺院の脇道、2日後の朝、ESI田中隊員ともう一度歩いてみた。カルディナル・ド・ロレーヌ通り。
 
 
住所Cathédrale Notre-Dame de Reims
2013年07月24日 [ 3462hit ]
旅する羽釜 2
旅する羽釜 2

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。
 
 
 
旅する羽釜 2
 
 
そもそも何でフランスに行くことになったのか?と、聞かれると言葉に詰まる。
行きたくなったから、と言うのが正直なところだ。
 
 ESI、エクストリーム・スイハニング・インターナショナルは、今から4年前にカミアカリドリーム勉強会(以降:カミドリ)のコアメンバー、そのまた有志のスピンアウト企画として始まった。巨大胚芽米カミアカリは玄米食専用品種、4産地4人の生産者が存在し、それぞれが異なる風味を持つ稀有なお米だ。その持ち味を再現するには、ちゃんとした炊飯が求められた。
 
カミドリのコアメンバーで炊飯担当の小谷さんはそれを実践する中心人物。そんな彼は年2回行う勉強会で試食用に出すカミアカリを炊いた後、「またもやエクストリームスイハニング(極限炊飯)でしたね〜」という切羽詰って炊くその状況をこんな風に冗談交じりに言うのが彼の口癖だった。
 
その頃、メンバーの間では、まだカミアカリを食べたことのない人に、カミアカリを食べていただく機会をつくろうという機運が高まっていた。だけどこれを大真面目にやるのは、どうも粋でないと思った小谷さんは、ちょうどその頃から各地でイベントが増え始めた機会を利用して、カミドリとしてではなく別のチームを仕立てカミアカリを炊飯し食べていただくことを考えた。それがESI(エクストリーム・スイハニング・インターナショナル)というわけだ。
 
なぜ「インターナショナル」付いたかと言うと、僕がESIのロゴをデザインをしていた時、羽釜と共に「しゃもじ」もイラストを入れたくなってしまい、そのフォルムがアルファベットのIの文字に見立てしまったことからIが頭文字となる単語、つまりInternationalを採用したという、じつに安易な選択だったのだ。笑。
でも、その時、ちょっとだけ夢想したことがあった。羽釜担いで、ニッポン人が考えた複合加熱調理技術「炊飯」をしながら世界中を旅する。これは、めっちゃ面白いだろうと。世界中の米を炊きながら旅をする。逆にまたカミアカリを旅先の人が食べてもらったらどんなに面白いことだろうと・・・。
 
話を戻して、そのESIが何でフランスに行くことになったのか?でしたね。
その理由は「能」にある。
そもそも能の起源は田楽と言われている。つまり稲作労働のお囃子がはじまり。
今回ご縁をいただいた能楽囃子方 大倉流小鼓方十六世宗家 大倉源次郎さんとこのミッションの前、駒形通りの喫茶で能と稲作の深い関係について対話した時にとても共感した。 つまり、稲作によって日本列島に住むことになった多民族の先人たちがニッポン人という共通のアイデンティティを共有できるようになったこと。それによって文化が培われてきたこと。その象徴として、能があり、食文化として米がある。このことについて多くの人に気づいてもらうために今回はとても良い機会だと考えたからだ。
 
また、静岡という地は能に深い縁がある。能の演目で有名な「羽衣」は三保であるし、能の祖、観阿弥の最後の舞台となったのが我が家から歩いてたった10分ほどにある駿河国総社静岡浅間神社であること。
 
奇しくも今年は観阿弥生誕680年、世阿弥生誕650年の節目の年、フェール城で行われる「Festival de No 能フェスティバル」はそれを記念して行われるというのであれば、代々稲作文化に関わりなぜ稲だったのか?を日頃から考えている僕が行きたくなる気持ちもわかってもらえるだろう。
 
それに、個人的な話しではあるが、僕の祖父は観世流の門人だった。米を商いながら鼓を嗜む人だった。その祖父がなぜ能だったのか?それを知りたかったことも旅で出る理由でもあった。
 
 
 
 
パリ東駅を出たフランスの新幹線TGVは麦畑と牧草地が延々と広がる中を高速で疾走する。
8:44ランス駅着。空は青く、空気は乾いている。眩しい。堪らずサングラスをかけた。
ここは稲作文化圏ではないことを肌で感じた。今日は暑くなりそうだ。
 
 
つづく
 
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画像上:祖父が愛用した小鼓
画像中:パリ東駅、TGVの出発を待つ。
画像下:ランスの中心街
 
 

 

住所france reims
2013年07月22日 [ 4376hit ]
旅する羽釜 1
旅する羽釜 1

 

 

2013年7月8、9日、フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われた能フェスティバルに参加し、羽釜スイハニング(炊き)、おむすびをつくってきました。これはそのレポートです。

 
 
旅する羽釜 1
 
かつて羽釜はその小さな翼で大空を駆け世界を旅していた・・・。
羽釜の、そのあまりにも日本的なカタチを眺めるたびに、そんな物語りを夢想する。
 
 
 
炊飯器でない「ごはん炊き」、我々ESI(※1)が言うところのスイハニングをあちらこちらで日常的にするようになってから仲間の一人が冗談で言ったひと言がずっと頭の隅にあった。
 
羽釜を持って世界五大陸でスイハニング!
 
そして今年の2月、頭の隅にあったこの言葉が、ほんのわずかだけ輪郭を持った姿で僕の目の前に現れた。
 
Festival de No 「能フェスティバル」
 
フランスのシャンパーニュ地方にある中世の古城、フェール城で行われる能のイベント、その舞台を静岡出身の若手華道家、建築家の辻雄貴さんが作ることになった。2月のある日曜日、そのプロジェクトのために関係者が集められた。静岡市内足久保の竹でつくる能舞台、そのワクワクするような計画で竹の調達を依頼されたのがGroom静岡(※2)そのグループの代表である田中さんが召集されていた。じつはこの田中さん、ESIの隊員であった関係から彼が僕を呼んだのだ。
 
「隊長、フランスでスイハニングしましょ!」
 
冗談というか乗りだけで、辻さんが行うこのプロジェクトのプレゼンを聞いた。ところがプレゼンが終わる頃には、どうやらこのプロジェクトメンバーに入っているようだった。
 
その後、辻さんはプレイベントとして静岡市内で2回イベントが開き、僕はそれぞれに関わることになった。1回目は3月31日、2回目は6月7日(キャトルエピスで行われたイベントで100人分スイハニングした)2回目が無事終了してもフランスでスイハニングできるのか?できないのか?は、まったく曖昧なままだった。というかこのミッション、じつは当日を迎える日までアンオフィシャルなままだったのだが・・・。
 
ほとんど押しかけ状態、伊達と酔狂で飛行機に飛び乗ったのが7日、日曜日の夜10時。スーツケースには三升羽釜とお米8キロ、蓋が入らなかったので同行の田中隊員のスーツケースに託しての旅立ちとなった。翌8日現地時間3:30、シャルルド・ゴール空港に無事到着。こうしてスイハニング珍道中ははじまったのである。
 
つづく。
 
 
※1)ESI:エクストリーム・スイハニング・インターナショナル ごはん炊きを目的とするチーム
※2)Groom静岡:放棄竹林の伐採整備を行うボランティアグループ
 
 
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画像上:スーツケースに羽釜は入るが、蓋が入らな〜い!
画像下:早朝6:00パリ東駅、前線基地となるランスに向けて列車を待つ。
 
 
2013年07月20日 [ 4593hit ]
七夕はアートロ 土がぼくらにくれたもの 
七夕はアートロ 土がぼくらにくれたもの 

 

 

登呂遺跡で行っているワークショップ、アートロ・土がぼくらにくれたもの。

7月7日七夕、担当は僕の番だ。
 
今回は「アートロ検地」と題して、先月田植えしたばかりの田んぼへ行き、
歩幅で面積を割り出し、単位面積あたりの株数を数え、秋実るであろう米の収穫量を類推する。
しかも登呂の復元田だけでなく、ご近所にある現代の田んぼでも同じことを試みる。
それぞれで導き出された収穫量から人の暮らし、営みを想像するのだ。
そもそも「なぜ稲なのか?」ってところまで想像できればさらに面白いだろう。
 
参加者の皆さま、宿題の歩幅60センチはばっちりですか?
 
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画像:藤枝松下さんの田んぼ
2013年07月04日 [ 3832hit ]
日本を楽しむ市 能楽とご飯会 にて。
日本を楽しむ市 能楽とご飯会 にて。

 

 

6月7日にキャトルエピス静岡店で行われた「日本を楽しむ市 能楽とご飯会」で

若手華道家、辻雄貴さんが松下さんが育てた苗、
足久保の竹(破竹)、安倍川で伐採された松を生けました。
 
竹はそもそもイネ科の植物。
こうしてみると相性がいいのも、そんな理由なのかもしれません。
どちらも日本的・・・と思いがちのこれら植物、じつは外来の植物です。
(マダケは日本列島に自生していたという説もあり)
昔々大陸から人の手によって運ばれきたのです。
 
辻さんの作品の前で若手能楽師たちによって奏でられた三番叟。
能もまたルーツは稲作に起源がある。
稲が生んだ芸能と言ってもいい。
 
僕らが今、「日本らしさ」と思ってる様々は
もともとこの列島に住んでいた人、大陸から渡ってきた人、南の島から渡ってきた人、
それら多くの先人たちが醸してきたものです。
 
当日はそれらをひとつに結ぶというテーマで羽釜と薪でご飯を炊き、おむすびを作りました。
見ること、聴くこと、食べることで、それらを実感した素晴らしいひと時でした。
 
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画像上:辻さんがライブで生ける!
画像中:会場は満席、松、竹、稲の空間でアンコメ店主(中央)もトークショーに出演しました。
画像下:能楽師による三番叟。
 
2013年06月25日 [ 3481hit ]
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