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工業?工芸?

 

松下が店に寄ってくれた。
昨日の雨で田んぼに入れないということらしい。
すでに29年産の作業はスタートしていることは承知はしていたが
あまりの忙しさに春の田んぼウォッチはできていない。
しかし、こうして訪ねて来てくれて状況を耳にするだけで、だいたいの風景が目に浮かぶ。
それは2001年以降よく田んぼへ通ったおかげだと自負している。

今シーズンは天気も良く、作業は順調過ぎるほど進んでいるという。
雨ばっかりの去年の今頃はとはだいぶん違う。
その時の様子をこのコンテンツでも書いていた。

2016年03月16日「レンゲ」

時間があるというので、いつものように稲米飯論に花が咲く。
アンコメが最近取引しはじめた北海道の稲作生産者が「ゆめぴりか」や「ななつぼし」のことを
デジタル的だと言っていたことを話題にした。

「この2品種がデジタルとすると、○○はアナログなんです。余白があるというか、難しいけどやりがいのあるんですよ」

それに対して松下曰く、「俺にとっての○○○みたいなもんかな・・・」
世話はやけるけど手応えがある。誰にでも作りこなすことのできないところがいいらしい。

たしかに僕が気になる米も、作り手がそういう関わりを栽培過程でしただろう米に萌えていることに気づいている。
言葉でどう表現していいのかわからないが、それはデータ的に優秀さを理解できる米でなく、
格闘しつつ捻り出し生まれた米に萌える。
それらには達者さとか上手さとかいうようなスマートなところがあまりない。
けれど、何にも比べることのできない魅力がそこにある。

昨秋、長野県のある町で再会したイギリス人が、その町の農業の未来を考えていく上で
盛んに「インダストリー」という言葉を使っていたことがとても印象的だった。
産業とか工業という意味を持つこの言葉が、どんな農業で生きて行こうかと考えたその日、やけに刺さったのだ。

松下や北海道の彼、僕が商う米を生み出す作り手が生きて行こうとする農業は
たぶんインダストリー的ではない気がしている。
そうでない農業をあえて言葉にすれば「工芸的」「職人的」なのかなと思う。
その中には彼ら自身も気づいていないかもしれないアーティスティックなかくし味も含まれる。

インダストリー的な農業が手間暇をかけてないという意味ではないので誤解しないでほしい。
工芸的、職人的なモノづくりと言ってる意味するものは、
効率や生産性を度外視してでも自分の興味関心を最優先で追求してしまうという意味。
「稲作バカ!」と彼らを敬意を込めて呼ぶにふさわしい米。
29年産もそんな稲作バカの探求ぶりに触れ、秋をわくわくしながら待ちたいものだ。
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画像:この日、気になっているいくつかの作り手のお米を松下に渡した。その中には北海道の彼の米もある。今夏、松下と北海道の彼を会わせたいと算段している。

2017年03月23日 [ 491hit ]
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