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記憶の地平【7】
記憶の地平【7】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなど。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理がてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【7】H700

 

国立のアパートに住むプリンス似の友人のアパートによく行った。
彼はいつもソウルミュージックを聞いていた。
ブルースやファンク、R&B、まあそんな感じである。
彼はグラフィックを専攻する学部であったけれど、モダンアートにも精通していた。
そんなわけで、音楽の影響もさることながら、脳みその使い方もかなりの影響を受けた。
まあモノ考えのきっかけは、いつも彼の投げかける質問からだったような記憶がある。

 

当時、彼が僕にこう云った。

 

「テーブルってさ、なぜ足が4本なんだろう?」

 

それに対して、こんな風に答え、後で後悔した。
「人間工学的には、そういう構造が"無駄"がないんじゃないの?」

 

彼はそういう答えを求めていたのではなかった。
中世から近現代にかけての家具の歴史がまとめられている分厚い本を開きながら、彼はまたこう云った。

 

「素材は様々だけど、太くなったり、細くなったり、猫の足のようになったり、はたまた複雑な彫刻が施されてはいるけど、みんな4本足なんだよ。まあ例外はあるけれどね。要するにこの本の中にある何百年間、基本的には何も変わってないよね。」

 

人間工学的に考えれば、一般的な現代人のボディサイズなら、グランドライン(床面)から700ミリの高さの平らな面であれば、概ねその使用には差し支えないことになっている。にも関わらず、その姿は相変わらずなのである。
それについて疑問を持たないのは、この姿が黄金比のごとく完璧だからなのか?
あるいは、設計者の思考停止なのか?
彼はその点について、僕に質問したのだった。

 

そこで、僕はこんな作品を作って答えを探ってみた。
天板こそ、所属する工芸科工房の作品らしく、接ぎ合わせた樺桜の無垢材で平らに作ったけれど、それを支えるのは、井形に積みあがっていく角材である。
つまりこの角材は、跳び箱のように次々に積み重なれていき、ジャックと豆の木の巨人にでも対応できるということになる。
その姿は、さしずめ富士山のようであるわけだ。
もっとも使い勝手は最悪だから、巨人からクレームが来ることは間違いないだろうけれど。

 

ここで分かったのは、テーブルというのはヒューマンスケールに合わせた道具であるということ。
最近僕がよく使う言葉で言えば、「家畜化された」道具なわけ。
4本足のテーブルは、その典型ということに気づいたわけです。

 

それ以来僕は、前家畜化時代のそれに、強烈に憧れを抱くようになります。
原初のテーブルのようなモノ、原初の椅子のようなモノ。
テーブル?とか、椅子?とか、そういう定義が生まれたか生まれないかする時代、夜明け前の姿に。
最初にそういうモノをイメージした人はどんな感じだっただろうか?
何を見、何を感じ、どう捉え、自らがどう関わっていただろうか?
あるいは、それをどう再現するまで導いていっただろうか?
その原初の姿は、最初から4本足だったのだろうか?
いや違うはずだ。

 

そこには、人間がその対象となるモノに対し関わり方を探っていく風景が僕には想像できます。
場合によっては、人間がモノに合わせる、あるいは寄り添うこともあったでしょう。
人間には自然を変えるほどのパワーがなかったからこその、謙虚な関係だったのかもしれません。
言葉を変えれば、「見立てる」と云ってもいいかもしれません。
それは子供時代、庭木が僕のソファであったようなアプローチです。
同時にそれが僕にとっての調和、言い換えれば「美しい」状態であると考えるようになります。

じつはこの時、「見立てる」ことで現れる「美しい状態」は、僕以外にもすでに発見している人いることに気づきます。
次回はそんな人達のことを少しご紹介しましょうか。
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モノ作りという縦糸と、モノ考えという横糸、交差するその場でしばし語らう。
Robert Johnson- Crossroad

 

 

画像上:1987年8月の作品
画像下:影響を受けた作家、芹沢介。その私邸、板倉の家。彼のコレクションでもあるテーブルも4本足だった。
 

2010年10月11日 [ 3819hit ]
おむすび演習。
おむすび演習。

来週、40人分のおむすびを作ることになった。
もちろんこれはボランティア。
僕とJ氏が好きはじめたESI(飯炊き部隊)が、そのミッションを担当するというわけ。
じつは今日、そのミッションを遂行するための演習をしたわけです。

 

羽釜×2と土鍋×1。
想定される約半分の量をご飯を炊き、おむすび70個ほど作りました。
これまでも色んなところで炊いてきました。
とはいえ、一気に大量のおむすびを作るのは初の試み。

 

ゆる〜く始めたとはいえ、データ取りはそれなりに。
浸漬水温21℃
浸漬時間180分
加水重量比95%
使用水 シズハタヤマ山麓水
外気温25℃
熱源LPG

 

11:00炊飯スタートして12:30には、想定数量のおむすびを作ることができました。
ひと安心。
あとは、僕らのプライドでもある、ESIクオリティを、この限られた条件の中で、どう表現するか?
ここがポイントであることが、今日の演習の成果であった。

 

ミッションは来週。
海岸近くの瀟洒な洋館、その駐車場。
天気が味方してくれるのを祈るばかり。

 

画像上:お米の味がわかるように「塩むすび」。
画像中:見えない鍋の中を音で感じる。ESI隊員ならでは。
画像下:演習地でもあったシズハタヤマからの眺め。隊員全員で成功を祈る。
 

2010年10月10日 [ 4128hit ]
記憶の地平【6】
記憶の地平【6】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなど。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理がてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【6】黒い塊

 

これは器の集合体です。
素材は木。その正体は外見からは分からないでしょ。
大きくて深い鉢状のモノ、大きくて浅い盆状のモノ
小さくて深い小鉢状のモノ、小さくて浅い小皿状モノ
すべてのパーツの外形は無彩色で無機質です。

 

完成直前に、となりで作業しているKが云った。

「それ重箱か?」

僕は即座にこう云った。「いや、そうじゃないよ。」

「でも、それに料理が盛られるんだろ?そういうのを重箱って云うんじゃないの・・・?」

 

重箱は、お正月のおせち料理のように、その重を華やかに広げ、その有り様を見て楽しむものでもあるだろ。
そこには蓋を開け、重を広げる前から、そのモノに対する期待感があるはずだし、それを用意する者にとってもそういう期待を持ってもらいたいと思うはずだ。
でもこれ(黒い塊)は、そういうモノじゃないんだよ。

 

例えばね。この塊が、客人達の居る空間に運ばれてくるとする。
客人達はまず、その黒い塊が何かな?と思うはずだ。
食べ物が入ってるという物体としての設えが全くないから。

そしてようやく一番上の蓋が外され、お料理が見える。
客人達は、どうやらこれはお弁当のようなモノだと悟る。
はてさて何が入っているのかな?という興味が湧く。
しかし、上から順に食べていかないと、次に何が現れるかが見えてこない。
黒い塊(ブラックボックス)を解読するためには、ひたすら食べるほかないというわけだよ。
解読できた時には、黒い塊そのものも分解され、同時に客人達のお腹も満腹という仕掛け。

 

これは「意地悪」が、テーマでね。
人間の中にある食欲という原始的な欲と、知的好奇心という大脳新皮質がいだく欲が、
意地悪を仕掛けることでシンクロするというわけ。
客人達は、個々の立場や役割、まあそういう後天的に出来上がった人の型から
ただそのに居るだけの等身大の素の人になっちゃうわけ。
面白いと思わない?

 

かなり乱暴ですが、僕はこの時、意地悪とは「高級なもてなし」だと考えていました。
ただし、これが通用するには亭主と客との関係に、ある熟度が求められるとも気づきました。
これ以降、僕のメンタリティの中には、常にこのエッセンスが底流にあるような気がしています。
高級なもてなしには、常にそのもてなしを享受する側にも、資質が必要なわけです。
もっともそれが自分に備わっているかと問われると、ちょっと困りますがね。
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プリンス似の友人がいる。学生時代たくさんの影響を受けた。今もたまに会って話している。
Prince and The Revolution - Raspberry Beret
 

2010年10月10日 [ 3774hit ]
記憶の地平【5】
記憶の地平【5】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなど。今それらを整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツでちょっと書きながら整理しようと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【5】モノ作りとモノ考えの時代。

 

東京の郊外にある美術学校で4年間過ごした。
学んだというより、その中に浸かりモノ作りとモノ考えをした。
想像したことをカタチに表す。その繰り返し。
あっという間の4年間だったが、エキサイティングな4年間だった。
朝8時に工房に入り作業をし、その間に講義があって、また工房に戻り、20:30のロックアウトまで作業した。
テキスタイル科の友人が染めてくれたオーヴァーオールをいつも着ていた。
もちろん恋もした。

 

2年生の最後の作品、ある挑戦をした。3年生になるための重要な仕事だった。
担当教授はアーティストであり、職人であり、お茶の世界の人だった。
その人は利休の逸話のいくつかを僕に話してくれた。
概念好きの僕に、そうすることで既成概念の檻から脱出せよと命じた。
乱暴な作品だったけれど、僕にとっては今に至るモノ考えの始まりの一歩だったと思う。
それは一辺450ミリの立方体の黒い塊で、構想に3ヶ月、製作に1ヶ月を要した。
それが完成した1986年1月28日の夜、チャレンジャー号が空中爆発した。

だから今でもその記憶が鮮明に残る。
塊の話しは次回に。

__

 

今日は何して遊ぼうか? Chick Corea - What games shall we play today?

2010年10月09日 [ 3604hit ]
記憶の地平【4】
記憶の地平【4】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなどだ。今それらを整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツでちょっと書きながら整理しようと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【4】ひとつのカップ

 

とにかく勉強ができなかった。
鐘が鳴ってから出掛けても間に合う距離にある高校への進学など、ありえないほどの出来だった。
郊外の高校へ自転車通学する。行きも帰りも向かい風だった。馬鹿の大腿四頭筋は嫌おなく強化された。
高校3年の春、進学することに決めた。
そのためにちょっと風変わりな予備校へ通うことになった。
木炭と鉛筆と絵の具と練り消しの匂いのする木造2階建てだった。
そこでデッサンという行為を一日3〜4時間やった。
これもまたヘタクソだったが嫌いではなかった。
ある日、ヘタクソであるとか上手であることなど、あまり関係ないことに気づいた。
大きなモチーフの中にあるコーヒーカップを描いている時だった。
僕の場所からは、その見慣れたコーヒーカップ取っ手がちょうど隠れて見えなかった。
しかし、そのコーヒーカップには間違いなく洒落たカタチの取っ手が付いていることを僕は知っていた。
見えないはずのそれを意識しながら、その取っ手のないコーヒーカップを描き込んだ。
もの凄く下手なデッサンだったが、もの凄く手ごたえがあった。
これがデッサンすることの視点なのだと知った。

 

どんなカタチなのか?
どんな素材なのか?
重いのか軽いのか?
温かいのか?冷たいのか?
叩くとどんな音がするのか?
落とすと割れるのか?割れないのか?
どんな匂いがするのか?
誰がどこで、どんな気持ちでそれを手に入れたのか?
何杯のコーヒーをその懐に迎え入れたのか?
今どんな気持ちでそこにいるのか?

 

見ている世界はそのほんの一面に過ぎない。
対象をありとあらゆる視点で捉えると判る何かがある。

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浪人してた先輩に連れられて行ったジャズ喫茶。コレでヘッドバンキング。

John Coltrane - a love supreme part1

2010年10月07日 [ 3832hit ]
記憶の地平【3】
記憶の地平【3】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなどのこと。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【3】1976年

 

中学生になった僕。
東海道本線、急行東海3号で従兄弟の住む湘南、藤沢へ一人旅。
一つ年上のHと一つ年下のK。そして僕。
つるんで映画を見に行った。
「Rocky」だった。
映画館を出た僕らはあのテーマソングにのって意気揚々と藤沢のダウンタウンへ。
そこに見慣れぬ店。スーパーでもないし、デパートでもない。
オープンしたての「東急ハンズ」その1号店だった。
13歳の僕の心は驚きに震えた。

 

それから7年後、この商空間を企てた人がいることを知る。
その人のその本には、この商空間の深層についてこう書かれていた。

 

「世尊拈華 拈華微笑」

 

釈迦が霊鷲山で黙然として華を拈って衆生を示した時、誰もその意味を解せなかったが、
ただひとり迦葉だけが真意を覚って微笑したとされる説話である。

 

その本の出会いから25年後、僕の心を震わせたその張本人に会った。
そして少しだけ話した。
大きな人で、釣りの話しをしていた。
歯が立たないとは思ったが、小さな嫌味を言った。
たぶんこの人にとっては蚊の一撃にも満たないことだったろう。

 

彼の「手」によって作られたその世界で、少年の僕は心を震わせていた。
彼の手によって作られたことも知らずにね。
悔しくて悔しくてしかたがない。
だけど、楽しかった。その時も、それを知った時も、そして今も。

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'76だとこれだったんだね。The Rolling Stones - Crazy mama

2010年10月07日 [ 3724hit ]
記憶の地平【2】
記憶の地平【2】

 人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなどのこと。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【2】祖母の八畳間。

 

祖母の八畳間で寝起きしていた。
そこは大地であり海洋でもあった。
有限だけど広大だった。
拾ってきた木片が家であり船であり翼だった。
畳の四辺を見て、今にして思えば遠近法なるモノに気づいた。
そしてその遠い先にあるだろう消失点を庭のどこかに探した。

 

人は見る角度によって、見ることのできる風景が異なっている。
消失点が生まれる場合もあれば、生まれない場合もある。
それが同じ畳であっても。

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発見の興奮はこれだろ。The Who - Sparks

2010年10月06日 [ 3601hit ]
記憶の地平【1】
記憶の地平【1】

人前でお話しをする機会が、今月と来月そして年明けにある。お話しする内容はカミアカリをはじめ、これまでアンコメや僕自身が考えてきたアイデアやプラン、そして実際にやってきた活動のことなどのこと。今それらを毎晩整理している最中なのだけど、整理していたら、その話しの源泉は過去の記憶にあることに気づいた。そこで、その整理かてら、このコンテンツで少し書いていこうと思う。ご迷惑かな?まあちょっとお付き合いくださいな。

 

記憶の地平【1】庭木

 

子供の頃、今はもうなくなってしまったけれど、家の裏手に小さな庭があって、
祖父や祖母が、お祭りの縁日や、人からもらったと思われる木々が、雑然と植えられていた。
その中央に大きな常緑の木があって、
それは、平らに広く仕立てられていて、子供の僕が身を預けると、じつに心地よく包み込んでくれた。
時にはそこで寝入ってしまったこともあったり。

同じ本を何度も読み返したり。
その小さな庭のその場所は、いつのまにか僕専用のお気に入りのソファとなった。
そんな風にして空を見上げ空想する子供だった。

 

これはソファ?それとも樹木?
人は無意識のうちに、そして柔軟に、心地よい場を見つけ出し、心地よく過ごす。

__


自分探しの旅の始まりはこれがいいな〜

アメリカを探しに〜♪ Simon and Garfunkel- America

 

2010年10月06日 [ 3870hit ]
グラビティ。
グラビティ。

仕事の密度が増せば増すほど、人が自然に集まってくる。
まるで質量の増大する惑星のように。
一体化する人もあれば、衛星のように距離を保って関わる人もある。
また彗星のように、たまに接近する軌道を持つ人もある。
利害のあるなしに関係なく引き寄せられて、いつのまにか自転を始めている。
この重力場の中で何が起こっているのか?
回転している中にあるとそれはよく判らない。
人を集めたいわけじゃない。
知らないことを知りたくなる気持ちと、まだ見ぬ価値を発見したい気持ちが、
回転するエネルギー源。
たまに天体衝突もあるけれど、回転は止まらない。

 

今晩は星が見えないけれど、気分はこんな感じ。The Planets - Venus (holst)

 

2010年10月04日 [ 3651hit ]
秋祭り。
秋祭り。

ここは藤枝の田圃。
1962年東海道新幹線建設の時、分断されたところ。
法面の向こう側には稲荷神社。
ちょうど幟の立ってる道が、かつての参道と思われる。
今日は秋祭り。
今は、その角を左に折れ、トンネルを抜けて、鳥居に至る。

 

この田圃が好きで、稲があってもなくても通っている。
その時に感じる小さな感覚。
結界を超えるみたいな感じ。
トンネルを抜ける時にいつも感じていた。
今日その意味がわかった。
 

2010年10月04日 [ 3583hit ]
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