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執筆者プロフィール

白鳥和也

1960年静岡県生まれ。小説家・エッセイスト・自転車文学研究室主宰。
最近、念願の小説本『丘の上の小さな街で 白鳥和也自転車小説集』(えい出版社・えい文庫)を上梓。そのほか著書は『自転車依存症』『素晴らしき自転車の旅』(以上平凡社)』など。自転車の旅と書物と米のご飯をこよなく愛する中年男。
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目次
其の六 弁当は芸術だ
(C)Kazuya Shiratori
(C)Kazuya Shiratori
 自転車の趣味を続けていると、誰もが何度も「アルマイト」という表現に出くわす。ことにランドナーや古典ロードレーサーのような、ややヒストリックな自転車を扱う領域ではことさらである。ご存知のように、アルマイトはアルミ素材の表面処理の方法のひとつで、酸化皮膜をアルミの表面に形成させることで、腐食などの劣化を防ぐものだ。
 
 自転車における、アルマイト仕上げがはっきりわかるパーツのひとつが、車輪のリムだ。スポーツサイクルは車輪の軽量さを追求するので、リムには必ずといっていいほどアルミニウムが使われる。一般車は錆びないステンレススチールのリムが使われることもあるが、ステンレスは重量がかさむため、スポーツサイクルの車輪ではスポークぐらいにしか使われないのだ。
 
 で、近頃のアルミニウム製リムのほとんどが、アルマイト仕上げになっている。塗装のように色のついたアルマイト仕上げもある。あまりにも当たり前になってしまったために、そう呼ばれることさえ少なくなった。が、今を去ること二十年くらい前には、「バフ仕上げ」という別の仕上げのリムも多数世の中に出回っていたのであった。
 
 バフ仕上げでは、アルミの表面を研磨するように磨き上げているため、リムは非常に輝いているのであった。静岡弁調だと「ぎらんぎらん光ってるだい」という感じなのだ。これに対し、アルマイト仕上げでは、表面は渋い銀色なので、やや金属としての存在感は弱い。だが、手入れをしなくても、バフ仕上げのようにだんだん酸化して雲ってきたり、一部腐食して粉を吹くようなことにはならないのであった。
 
 そのような、アルマイト仕上げを、だがしかし、私は自転車の趣味を始めてから知ったのではなかった。ずっと前、小学生のときから知っていたのだ。なぜかというと、子供向けの理科系漫画読み物で知識を仕入れていたからだ。
 
 その読み物では、弁当箱を例にアルマイトの効果を説明していた。普通のアルミニウムでできた弁当箱は、使っているうちにやがて穴があいてしまう。どこに穴があくかというと、中年以上の人は皆知っていると思うが、蓋の部分である。飯に入れた梅干しのあたるところなのである。梅干の酸が長い時間をかけてアルミを溶かしたのだ。ところがアルマイトで仕上げられていると、アルミは保護されているために、穴は開かない。
 
 今では、そういう、蓋に穴の開いてしまった弁当箱を見たことのない人もたくさんいるだろう。でも昭和三十年代には、そういう弁当箱が、おそらく日本のどこの家庭にもあったのだ。
 
 

 
 この頃の弁当というのは、一名「日の丸弁当」と呼ばれ、おかず以外の飯のところには大きな梅干がひとつ埋めこまれているというのがスタンダードであった。要するにおにぎりと構成はいっしょなのであるが、そこを、日の丸、と呼ぶのが何かうれしかった。
 
 
 
 すでに小学校は学校給食の時代であったから、弁当を持たされるのは、遠足や運動会など何か特別な行事のときで、だからこそ、また弁当にありつけるのが、うれしかったのである。ようやく、水筒が魔法瓶にかわりつつあるくらいの時代だった。
 
 ところが中学生になったら、毎日が弁当持参。当時、私の通っていた中学校は給食という方法をとっていなかったのである。で、最初に使ったのはすでにアルマイト仕上げが当りまえとなっていた、渋い銀色の金属製弁当箱。これを箸入れとともに布でくるんでもらって毎日持って行った。
 
 今でこそ弁当箱は汁がこぼれないようにきちんと蓋が固着できるようになっているものがほとんどだが、当時のアルマイト弁当箱にそんな機能などなし。ちょっと汁っぽいおかずを入れてもらうと、だいたいは布に染みができていた。
 
 その頃の弁当の飯部分は、海苔を上に敷いて、醤油を上からかけるというのがよくあるパターンであった。飯にも醤油の味が少し染み込んでなかなかいい味を出していた。これにさらに日の丸式の梅干が入っているスタイルもあったし、海苔の下にかつお節を敷いてある例も見られた。
 
 さらに豪勢な変形版としては、飯のあいだにも醤油海苔をはさんだ、二階建ての「たな重」方式を取り入れたものもあった。
 
 海苔醤油弁当の欠点は、しばしば醤油をよく吸った海苔が、蓋部分にくっついてしまうことであり、これをきれいに剥がしてまた飯に乗せるのは至難の技であった。
 
 やがていつのまにか弁当箱は、より使いやすいタッパー型のものがふつうになり、アルマイトの弁当箱を見かけることもなくなった。近頃の金属製弁当箱は、汁こぼれなどにも配慮されたステンレス製のものが主流のようである。また、あったかい弁当が町のあちこちで買えるようになり、さめた御飯の入っている古典的な家庭弁当を食べる機会も減った。
 
 

 
 しかし弁当というものは、日本文化の美意識のある部分を、実にうまく自然に表現しているのではないかとつくづく思う。梅と白飯の紅白を日の丸に見立てることはもとより、飯とおかずのバランス、おかずの彩りとその配置、季節感の表出、等々。そう意識されていなくても、そこにはちゃんとデザインがあった。
 
 いわゆるどんぶりものには、手早く作り、ささっと豪快に美味しく食べるための工夫がされているものが多いのに対し、弁当にはより手間ひまがかけられ、冷たくなった飯やおかずをいかに美味しく食べてもらうかが求められているような印象を受ける。
 
 だからこそ、愛妻弁当に他人には見せられぬようなメッセージがしばしばこめられているというギャグも、にっぽん弁当文化の延長線上にあるわけだ。
 
 弁当小僧だった中学生の頃、数学のある先生が「私は給食には反対だ。君らはお袋さんの作ってくれた弁当の、そのなかにこめられた愛情で育つのだ」という意味のことを言っていたことを鮮明に覚えている。数学の先生らしからぬご意見だった。
 
 そのときは、格好いいけど、ちょっと抽象的な言い方だな、なんて中坊の私は生意気に考えていた。その中坊も今では中年のおじさんとなり、まあ弁当を持たせてやるような子供は作りはしなかったものの、彼の言いたかったことのいくぶんかはようやく少し理解できるようになった。
 
 出所のはっきりした安全な食材を使用し、衛生的な管理のもとで、栄養のバランスがとれるようなメニューが用意されれば、人間が作ろうが、自動機械が作ろうが、できあがった食品に問題はない。人の手で握られたおにぎりと、おにぎりロボットの手になるおにぎりと、比べてみても事実上の計測可能な差はないはず。それが今日の支配的な考え方だ。
 
 けれどヒトは本能のどこかでそれは怪しい、とも思っている。しかしまた、そう思っていないヒトもたくさんいる。同じレシピなんだから、機械が作ろうが、誰が作ろうが同じだ。同じはずだ。私は、しかし、そうは思わない。
 
 

 
 記憶が正しければ「水は答えを知っている」という本か、同書と同じ著者の別の本だったと思うが、こういうことに関連する興味深い簡易実験のことが語られていた。米を炊き、ほかの条件を同じにして(とはいっても検体のなかの腐敗菌の数まで勘定したのではないだろうけど)三つの器に入れる。ひとつには、ありがとう、と感謝の言葉をかけ続け、もうひとつには、罵倒の言葉を浴びせ続ける。残りのひとつには、別の操作をする。
 
 すると、いちばん最後までいたまなかったのは、ありがとうと言葉をかけた飯だったらしい。いちばん最初にダメになったのは、罵倒したもの、ではなくて、別の操作をしたものだったということだったと思う。ではどんな操作をしたのか。
 
 実は、何もしなかったようだ。無関心で無視したのだ。感謝や愛情と正反対のものは、むしろ憎しみや愚痴ではなく、おそらく無関心と無視なのだ。それがほかよりも早く食物をスポイルした、ということなのであろう。
 
 私自身も、冷蔵庫に入れたもののことを考えてみたとき、思い当たることがあって実に驚いた。先週買ってきたあれ、まだいたんでいないかな、大丈夫かな、と思い出して気づかっているものは、案外なかなかいたまない。ところが、その存在をうっかり忘れていたものは、気がつくと、すでにカビが生えていたり、腐りかけていたりする。
 
 学校給食に心がこもっていないなどと言うつもりは全然ない。市販されている大量生産の食品がすべて悪いなどと言うつもりもない。無視するよりはましだからだといって、人が食べるものに向って罵倒の言葉を吐けば、それはやっぱり結果が出てくるだろう。文句ばかり言い続けると体にいいことはないという経験的事実は、こういうことと関係しているのかもしれない。
 
 だとすれば、われわれは自分自身が思っているより、影響力の大きなことをしているのだ。偉大なことも罪作りなことも両方なし得るのだ。毎日、ご亭主や子供のために弁当を作り続けている人は、それだけですごいことを成し遂げているのだと私は思っている。
 
 
2010/1/27 15:50 投稿者: yhonda (記事一覧) [ 2888hit ]
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