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執筆者プロフィール

白鳥和也

1960年静岡県生まれ。小説家・エッセイスト・自転車文学研究室主宰。
最近、念願の小説本『丘の上の小さな街で 白鳥和也自転車小説集』(えい出版社・えい文庫)を上梓。そのほか著書は『自転車依存症』『素晴らしき自転車の旅』(以上平凡社)』など。自転車の旅と書物と米のご飯をこよなく愛する中年男。
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目次
其の一一 変化の感覚
(C)Kiyoaki Nagasaka
(C)Kiyoaki Nagasaka
 比較的最近買ったムック系の本で、庭園鉄道の世界を紹介しているものがあった。要するに庭園鉄道とは、鉄道模型の遊び方のひとつなのだけど、よくある鉄道模型本と違っているのは、インドアからアウトドアへ、レイアウトを引っ張り出そうと提唱していることなのであった。
 
 鉄道模型なんて、ある種、その精密さにぞくぞくするようなものであるから、通常は運転に要するレイアウトも屋内にあるのが当り前なのだ。それを外でやろうなんてことは、わが国ではごく一部の限られたファンだけしかやらなかったことなのだろう。
 
 外で運転するのだから、スケールもやっぱり大きくなる。線路幅9mmで最も普及しているNゲージ、その上のHOゲージの幅16mmなんてスケールではなくて、なかにはなんとか人が乗れるようなものもある。
 
 まあそこまで大きくなくても、仮に人が踏んでも大丈夫なくらいの線路なら、庭の一部に敷設しても大丈夫らしい。母屋を取り巻くように、敷地内を一周させてしまうという御仁もいるようだ。
 
 これまでのところ、そういう庭園鉄道向きの模型車両は海外製品がほとんどだった模様である。面白いのは、海外メーカーのカタログ写真には、雪の庭でそれらしく走らせているものさえあった。専用のラッセル車で除雪するのかもしれない。
 
 私にとっていちばん印象的だったのは、そういう野外レイアウトの魅力を語ったくだりで、曰く、庭のレイアウトは季節ごとに表情を変える、線路の傍らの本物の植物も彩りを変えるし、雪も降れば雨も降る、ときには保線作業を行わなくてはならない、というような意味の記述であった。
 
 ものごとは変化する。刻一刻と変化する。それは当然のことなのであるが、インドアの模型というのは、車両のみならず、線路脇の植物や建物もほとんどすべてが実物ではなくて模型であるから、埃がたまるとか、日焼けするとかいうようなこと以外には、あまり変化しないのである。
 
 屋外ではそういうわけにはいかないことを誰もが知っている。ところが、話を模型的スケールダウンの世界ではなくて、われわれの生きているこの現実世界を対象に考えてみると、森羅万象の変化という避けようのない現象の重みは、日常的な生活感覚からは、日々遠ざかりつつある。
 
 

 
 気象や天候や季節の変化というのは、いまのところ人間にはほとんどどうしようもない現象である。少なくとも野外にいる場合は、それを受け入れてなんらかの対策を立てる以外に対処の方法がない。
 
 馬鹿みたいにもっともなことなのであるが、自転車のような露天の乗り物も同じで、旅の途中で降り出したら雨具をつけて走るしかない、真夏の炎天下では熱中症にならないように方策をとるか、無理しないで走るのをやめる、冬の早朝や夕方は凍結に注意する、なんてことの連続である。
 
 屋内にいると、こういう変化に遭遇することは少ない。だいたい家ってものは根本的に雨風をしのぐためにあるものだから、当然なのだけど。でもその一方、屋内からは外の環境の変化を観察することができる。窓ガラス越しに雨が見えるし、風が強いかどうかもまあわかる。
 
 メディアによって、ずっと遠くの場所の天気の変化も知ることができる。テレビでは毎朝各地の様子を報じているし、ネットのライブカメラだって全国あちこちにある。世界中の街角の具合だって観察できる。
 
 
 私がネット上でいちばんよく見るライブカメラは、長野県飯田市の「飯田りんご並木ライブカメラ」だ。今年は夏前あたりからよく見ていた。見ていると、夏の時期は河岸段丘上の街中に、けっこう風が吹いているのがわかる。りんごの木の梢が揺れているのだ。
 
 秋になると、その梢のあちこちが紅の色に染まる。りんごが熟してきたのだ。そのうちに並木は晩秋の気配となり、すぐ冬が訪れる。
 
 その飯田を、十二月の中旬に訪れた。並木通りも歩いた。しかし二日間飯田にいて、最も印象的だったのは、冬枯れの景色ではなくて、もっと直接的なものだった。外でしばらく水を使わなければならない用事があり、まいったなと思うくらい手が凍えたのだ。今はもっと冷たいはずだ。
 
 そう言えば昨年二月にも飯田で同じような体験はしたのだが、そのことは忘れていた。毎日飯田の風景を見て、ああ寒くなってきただろうなあ、とは思うものの、水がひどく冷たくなるという触感上の変化など、もう忘れていたのだ。おそらく静岡の平地の水道とは5度以上温度が異なると思われる。
 
 「目に見える変化」は、家の中やビルの中にいても、メディアを通してそれなりに知ることができる。ところが、「目に見えない変化」はそうはいかない。水が冷たくなったことや、自転車で走り出したときの風の感触の変化などは、そこにいかないと体験できないのだ。自転車に乗る私のような人間でも、ときおりそういうことを忘れるのである。
 
 

 
 田んぼというのも、季節の変化を最も雄弁に語る空間のひとつだろう。冬枯れの田にやがて水が通い、いつのまにかおたまじゃくしや小動物が蠢きだし、田植えが緑をもたらし、目に見えるように稲の背が伸び、やがてそれは金色に変わり、再びまた枯野となる。北国なら白い氷雪に覆われる。
 
 誰にとっても明瞭な、目に見える季節の変化。しかし都市部では、水田という空間はほとんど縮退し、最も日本的と思われる景観を通して、変化を実感する機会も著しく減った。
 
 しかし実際に稲を育てる人からすると、稲にまつわる変化の感覚は、もっと圧倒的なものであるに違いない。私が田んぼを見て感じる変化など、あくまで傍観者的な見方に過ぎない。
 
 水田を仕事場にする人にはすべてが違うだろう。泥の粘度や、まとわりつく虫の感触、稲穂の重さ。私にはただ想像するばかりだけれど、そこにある変化の認識は、触覚を中心とした直接的な感覚の門を通したものが多いのではないか。そしてそれは、日ごと、時間ごとに刻一刻と変わるものかもしれない。
 
 けれども、もはやほとんど田んぼと没交渉のわれわれでも、一点、ものすごく直接的な感覚を通して、その変化と向い合っている部分がある。
 
 われわれは毎日米を食べているのだ。お米の出来は毎年変化するし、作る人、田んぼによっても変化するし、炊く人によっても変化する。
 
 先日も、飯炊きを生業としている人のところで食べさせてもらって、炊く技術でここまで飯というものが変わるのかとあらためて驚愕したのだけれど、その人のおっしゃるには、そのときそのときですべてが変化し、同じ飯は二度と炊けません、ということだった。
 
 
 
 変化がなにもかも人間にとって良いわけではない。夏の極端な低温や日照不足という変化があれば、その結果は飢饉になる。それじゃ困るから、品種が改良されてきた。自己の回りの環境の著しい変化を避けるために、住居というのも必要なわけだし、やがてはそこに暖房や冷房がつき、さらにエネルギー消費の少ない構造になりつつあるも合理だ。
 
 そうして、文明の善意によって身の回りでの変化が乏しくなってくると、人は世界の本質的な性質のひとつである変化を忘れがちになり、そのためにある部分では生の実感を失う。まことに皮肉で哀しいが、それは事実のようだ。世界にはまだ飢餓から自由になっていない人々も多くいるにもかかわらず、飽食によって生きる歓びを見失う場合だってあるのだ。
 
 何でもかんでも常時変化したら、やりきれなくて大変なのだが、どこかに変化の面白さや愉しさを味わえる部分を残しておかないと、これは自分の人生だという実感が乏しくなるような気がする。プログラムを履行するだけになってしまうのだ。
 
 私にとっては、そういう変化を選択できる部分が自転車や自転車の旅であるのかもしれない。だから、毎日飯を炊くことや、炊き上がった飯を味わうことに変化の感覚を見出している人々にも、おおいに共感するのだ。もしお米が、誰が炊いても、どんな風に炊いても、来年もそのまた来年も同じ味しかしないものだとしたら、それは便利だが、まことに味気ないものでしかないだろう。
2010/1/27 16:31 投稿者: yhonda (記事一覧) [ 2215hit ]
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